今日紹介するのは、「読むのが大変なんだけど面白い本」、梅本弘氏の航空戦の本だ。梅本氏は本書以外にも多くの航空戦を調査した本を執筆している。梅本氏の書著の何がすごいかというと、今までの戦記は彼我一方の視点、資料で語られるものだ。

 しかし、梅本氏は彼我の記録、戦記を調べ尽くし極力事実を描こうとする。私も昔、調べてみようかと思って挫折したのだ。敵味方が乱舞し、記録もあいまいだったり消失していたりするなかでの作業は多くの困難があるのは想像に難くない。

 近年は、インターネットのおかげでこういった調査をした書籍が少しずつ出てきているが、私が知っている限り、睫攅玄・ヘンリー境田著『源田の剣』と梅本氏の一連の著作が一番綿密に調査されていると思う。『源田の剣』は共著だが、梅本氏は単著でこの完成度なのは驚きだ。ただ、読むのは大変だ。調査報告書を読むようなもので、淡々と書いてあるので結構辛いw。ただし、書いてある内容は貴重なのである。因みに私はこの梅本氏のこの手の著作は全て入手している。

 それはともかく、『ビルマ航空戦』であるが、冒頭に海軍の撃墜王坂井三郎氏とのやり取りが登場する。坂井氏曰く「空中戦の戦果というのは、まァ、そのほとんどが誤認ですね」だそうだ。そう、私も古くは秦郁彦の調査、そしてこの梅本氏の調査で完全に首肯できることだが、当の「撃墜王」が言ってしまうところが面白い。坂井氏のファンがなぜ多いのかが分かるエピソードだ。

 私は基本的に海軍の搭乗員に非常に興味があるので、本書の前半部分にある南雲機動部隊のコロンボ空襲の実際の戦果というのに興味を持った。日本側の戦果判定は撃墜51機ということになっているが、イギリス側の実際に撃墜された機数は28機であったという。

 初戦期の日本の搭乗員は選抜された上に少数精鋭の厳しい訓練を受け、尚且つ日中戦争で豊富な実戦経験を持っていた。その上、母艦戦闘機隊というのはその中でも特に練度の高い搭乗員で編成されていたのだ。それをもってしても1.8倍に戦果が膨れ上がってしまう。因みにこの空襲には私の憧れの岩本徹三一飛曹も参加している。まあ、これは本書には関係ないが。。。

 この戦果判定に関してはあの加藤隼戦闘隊、64戦隊は厳格だったようだ。梅本氏の調査の結果、64戦隊の戦果判定と実際の連合国軍側の損害がピッタリ一致していたことが数度あったそうだ。撃墜判定については、陸軍搭乗員の井上氏も著者とのインタビューで言及している。

 

戦後、英国に行って記録を見せてもらったら、向こうは撃墜の記録を誰がどこで何時何分に落としたって、時間まで全部、表にしている。日本は、本人が落としたって報告するだけでしょ。色々な出版物にはずいぶん落としたようなことが書いてあるけど、日本の戦果はちょっとオーバーだね。実戦を経験した人間が段々少なくなってるから、そういう疑いを抱く人も少なくなってるんじゃないかな。
(井上尚之元陸軍大尉「ビルマ上空一式戦の苦闘」 梅本弘『ビルマ航空戦〈上〉』

 

 また以前にも記事に書いた「ブラックドラゴン飛行隊」がまた登場する。このブラックドラゴン飛行隊というのは、「ガダルカナルから来た精鋭六機の零戦隊で指揮官は黒塗りのメッサーシュミットBf109に乗っている」そうだ。これは連合国軍側の証言だが、もちろん日本にそんな部隊はない。極限状態のパイロットの心理状態とみると面白い。

 本書で私が一番驚いたのは、一式戦闘機隼が第二次世界大戦の最高傑作機といわれるP51をちょいちょい撃墜していることだ。

 

11月2日に落としたモスキート、23日のスピットファイア昂審1機につづいて、25日にP51A型2機、27日にはP38J型2機、P51A型を4機撃墜、28日にまたP51A型1機を撃墜。こうしてビルマの一式戦部隊は、18年後半の雨季明け直後、連合軍が次々に投入してきた新鋭機を、いずれもその初交戦で、ほぼ、一方的に撃墜していったのである。
(梅本弘『ビルマ航空戦〈上〉』

 

 性能的には圧倒的に劣っているはずの隼がP51と互角に戦い時には撃墜さえしたという。しかしやはり機体の性能の違いというのは圧倒的だったようだ。それは整備を担当した方が証言している。

 

後で鹵獲したP51なんて、露天に雨ざらしにしておいてもセルモーター一発で始動だからねえ。整備も、燃料とオイルを補充するだけだから、現代の自動車並だ。
(梅本弘『ビルマ航空戦〈上〉』

 

 これに対して隼はというと、尾輪やプラグはすぐに壊れる上に野ざらしにもできず整備員は大変だったようだ。64戦隊が活躍した背景にはこういった整備員たちの苦労があったことも忘れてはならない。他にも、日本軍の7糎阻塞弾発射機が意外に効果があったことや、鹵獲したP-40で編成されていた50戦隊特殊戦闘隊というのがあったこと、64戦隊には第4中隊があり三式戦が配備されていた等、今まであまり知られていなかった事実が書かれている。そして損害調査の結果、彼我共に誰にも知られることなく消えていった偵察機の存在も知ることとなる。

 

8月24日のB24、9月10日と、13日のF5A、22日のB24、10月26日のB 24、11月2日のモスキート、そして3機の百式司偵。両軍とも偵察機は、敵地の奥深く、常に単機で出撃、その孤独な死を味方の誰にも知られることなく、かき消したように姿を消し、永遠に戻らなかった。
(梅本弘『ビルマ航空戦〈上〉』

 

 本書も含め、梅本氏の著作は彼我の記録、戦記だけでなく、海外の研究者との情報交換、生存者へのインタビュー等から空戦を再現しているかなりの労作だ。どれも普通の感覚ではかなり高価な本だが、内容から見れば格安だと断言できる。

 

 

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