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 驚愕の本でした。正直、ビックリしましたね。


 私は中学生の時、岩本徹三著『零戦撃墜王』を読んで以来、戦記物に夢中になり結構な数の戦記物を読んできた。


 まあ、基本的には零戦搭乗員関係だけど、それ以外の戦記物もそれなりに読んだのだ。


 戦記物も90年代くらいまでは戦争に参加した当事者の多くがご存命であり、新刊も多く出版されていた。


 しかし、2018年現在ではほとんど出版されることはない。


 何故なら、戦争に参加した多くの人はすでに他界されているからだ。


 それでも当事者が書いた本(ゴーストライター含む)はたまに出版されることはある。


 しかし、やはり70年も過去の話で記憶もあいまいになっている場合が多く、私個人としては、内容的にはあまり魅力を感じない作品も多いのだ。


 今日紹介する『戦艦「大和」副砲長が語る真』は2016年に出版された本であり、著者の深井俊之助氏は何と執筆時102歳だ。


 当然、記憶も相当あいまいになっているだろうと思ったが、まあ、戦記物好きな私の税金のようなものなので、取りあえず読んでみた。


 裏切られましたね。良い意味で。


 とにかく本書は衝撃の一言だ。そもそも戦艦大和の副砲長というかなり重要な地位に就いていた方がまだご存命ということにまず驚愕。


 内容もただの思い出話ではなく、言ってみれば70年越しの告発本だ。


 当時の記憶が生々しい。


 中でもかなり重要な証言だと思うのは、米軍がガダルカナルに上陸した前日に実は台南空の零戦隊が進出していたということだ。


 読んだとき、私は著者の記憶違いかと思ってしまった。何せ102歳だから。。。


 しかし、これは記憶違いではなく、著者の意を決しての告発だったのだ。


 内容はというと、台南空はA大尉指揮下、米軍のガダルカナル侵攻の前日にガダルカナルに進出していたという。


 しかし、居住性が悪いと言ってラバウルに後退してしまったのだそうな。


 もし、そのままガダルカナルに駐留していれば以降のガダルカナルの戦局も変わっていたのではないかという思いが感じられる。


 後退は、明確な命令違反であり、さらに翌日に米軍の攻撃が始まったということで深井氏も忸怩たる思いだったという。


 私は零戦搭乗員おたくなのでA大尉とは大体想像は付くが敢えて著者がイニシャルにしているので名前は出さないこととする。


 他にも戦艦大和の主砲の照準の方法等が詳しく書かれていたりとかなり内容は濃い。


 深井氏は日記でも付けていたのか102歳とは思えない程記憶がしっかりしている。


 相当印象が強かったのか、日記でも付けていたのだろうか。


 そして本書の白眉は、何といってもレイテ沖海戦での栗田艦隊の反転についての推測である。


 それは書くと長くなるのでここでは割愛する。


 深井氏は恐らく現在ではレイテ沖海戦時の戦艦大和の艦橋にいた人の中の唯一の生存者だ。


 本書を読んでいると、当時の艦橋の緊迫した空気感が行間から伝わってくる。


 その臨場感がハンパない。


 読んでいるとその場に居合わせたような気になる。


 謎の反転についても深井氏は当時の状況と戦後の調査から原因を推測している。この推測には反論もあるようだが、当事者の意見としては興味深い。


 深井氏は当時102歳、ご健在であれば現在は104歳となるのであろうか。


 全く「もうろく」などはしておらず、海軍士官らしくしっかりとしている印象だ。


 さらに新しもの好きな性格のようで、IPADにスマートウォッチを同期させて心拍数を測っていたりと、とても100歳を超えた人とは思えない。


 とても魅力的な人だと思った。
 

 最後に深井氏は「私は男らしく生きられた」と語っていたが、私は過去形ではないと思う。


 本を通して魅力的な人に出会えたと思う。


 本書は戦記物が好きな人にとっては必読だ。



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