不定期更新です。 更新は気分次第でーす(^_-)




 以前に購入したが中々読む機会がなかったが、最近、やっと時間が取れるようになったので読むことができた。あとがきを読むと分るが渡辺氏渾身の作品だ。今後、これ以上のものは書けないとまで書いている作品だ。


 内容は夜間戦闘機の開発から南方での初戦闘から終戦までという全てを網羅している。基本的に夜間戦闘機月光戦記となってしまっているが、そもそも活躍した夜間戦闘機が日本では月光くらいしかないので仕方が無い。


 ただ、そうはいっても零夜戦(零戦の夜戦型)、彗星夜戦、彩雲夜戦、極光等の夜間戦闘機も(多分)分かる限り網羅されている。夜戦に乗っていた搭乗員達の姓名、戦果等も詳細に書いている。


 あまりにも詳細過ぎて一般受けはしないだろうことは容易に想像できる。結果、本体価格4600円というこの手の本としては結構な値段である。ただ、本当に戦史に興味がある人や夜間戦闘機を調べたい人には理想的な本だ。逆にいえばこれしかない。


 通常の昼間戦闘機の空戦は撃墜を確認するのが難しいが夜間戦闘機の特徴としては対大型機であることと敵夜間戦闘機以外の敵戦闘機に襲われることをあまり心配しなくていいことから撃墜するまでを確認している場合が多い。


 さらに基地上空での空戦であることが多いため地上からの目撃情報があり夜戦の撃墜戦果というのは結構アメリカ側の記録と照合しても合致している場合が多い。


 戦果としては1945年5月25日の倉本十三、黒鳥四朗ペアの一夜で5機を撃墜したのが最大のものだ。この撃墜は全て地上で確認されたようだ。因みにこの爆撃を行ったのは第21爆撃機兵団でこの日の損失は26機だったという。





 これは最大の損害だったようだ。因みに実は爆撃機というのはかなり損害が多い機種だ。日本では無敵のB-29の印象が強いかもしれないが、それでも確か100機以上が日本機に撃墜されているはずだ。


 機体の性能が欧米に劣る日本空軍でさえこれだけの損害を与えている。ヨーロッパ戦線では爆撃機の損害はもっと多い。まあ、これは余談として。。。


 この本を読んで。。。というか戦記を読むと毎回思うのがやはり当時の日本の技術力の低さだろう。航空機用エンジンの馬力の弱さ、レーダーを始めとする科学技術の弱さである。


 当時の人々はその中で最大限の努力をしているだけに、基礎技術の弱さというのがむしろ目立ってしまう。それと本書を読んでいて感じたのが搭乗員以外の地上員の重要さである。


 戦争末期に地味に活躍した芙蓉部隊は主に彗星を装備していた。彗星は整備が難しく(エンジンの構造の複雑さ以外にも工作の悪さという原因もあった)、配備されている機体に対して使用できる機体の割合である稼働率は低かった。


 しかし芙蓉部隊の彗星は稼働率80%という驚異的な数字を記録したのだ(厚木航空隊の彗星の稼働率は50%以下だった)。日本軍は人命を軽視していたというのは周知のことであるが、太平洋戦争後期になると搭乗員の不足から熟練搭乗員は宝石のような扱いを受けた。


 外地に残された者は潜水艦までを動員して救出した(二式大艇操縦員の長峯五郎氏も外地から潜水艦で救出されている『二式大艇空戦記』)。しかし整備員の多くは救出されることなく飢餓や戦闘で死んでいった。


 結果、航空機の稼働率が下がり日本空軍の戦闘力を弱めることとなったのは記憶しておくべきだろう。同時に後方支援やその背後の技術や人的リソースというものが戦争の勝敗を決するという事実も忘れてはならない。



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