最近、飛行艇物に首ったけな私である。今度は北出大太『奇跡の飛行艇』を読んでみた。北出氏は海軍の飛行艇乗りで操縦練習生21期という開戦時にはすでにベテラン搭乗員であった凄腕の飛行艇乗りだ。


 操縦練習生21期というのがどれくらいすごいのか分からない方も多いと思う。伝説のエース坂井三郎氏は操縦練習生38期である。操練21期は昭和8年に修了で操練38期は昭和12年。坂井氏より4年も多くの飛行経験を積んでいるということだ。


九七大艇 概要
 九七式飛行艇(きゅうななしきひこうてい)は、大日本帝国海軍の飛行艇。純国産としては最初の実用四発機であり、第二次世界大戦初期の長距離偵察などに活躍した。後継の二式飛行艇と共に川西航空機で生産された。略符号はH6K。連合軍コードネームは"Mavis"。通称「九七式大艇」。
(wikipediaより一部転載)
 さらに詳しい情報を知りたい方はこちら(wikipedia)

性能
全長: 25.6 m
全幅: 40.0 m
全高: 6.27 m
翼面積: 170.0 m2
全備重量: 17.5 t / 過荷重 23 t
乗員: 9 名
エンジン: 三菱金星五三型 1300馬力 4基
最高速度: 385 km/時
航続距離: 正規 4,940 km / 偵察過荷重 6,771 km
武装:20 mm旋回銃 ×1 / 7.7 mm旋回銃 ×4 / 航空魚雷 ×2本 または爆弾 2 t(60 kg爆弾 ×12 または250 kg爆弾 ×4)
(wikipediaより転載)


 『二式大艇空戦記』の著者である長峯五郎氏もそうだったが、本書の著者北出大太氏も向こう気が強い。私の飛行艇乗りは温和という価値観を木端微塵に粉砕してくれた。


 しかし北出氏は単なる向こう見ずな性格ではなく、戦争中に戦争とは経済の余裕があって初めて勝利できると考える合理的な人である。


 本書で私が一番気になったのは水戦搭乗員の河口猛飛曹長の活躍であった。河口飛曹長は戦死してしまうがそれまでに二式水戦で38機を撃墜したという。昭和18年の時点で飛曹長ということは操練でいえば20期台後半から30期台前半、甲飛でいえば2、3期、乙飛では3〜5期くらいだろうか。


 著者は地上から河口飛曹長の空戦を見ているのだが、かなり詳細に書いている。その戦い方は圧巻だ。その河口飛曹長も戦死してしまうのだが。。。


 それ以外にもフィリピンから金塊やダイヤ等を大量に運んだ話、内部が二階建てになっている二式大艇よりも九七大艇の方が操縦しやすいこと、日本では1機で双発6機分相当の予算がかかる4発重爆は技術的にはもちろん可能であったが、コストの関係で作れなかったことなどが面白い。



奇蹟の飛行艇―大空に生きた勇者の記録 (光人社NF文庫)

商品の説明
全長三十六メートル、全幅四十メートル、一梃の機銃さえもない巨人飛行艇を駆って、襲いくる敵戦闘機群を蹴ちらし蹴ちらして、絶妙の神技を見せ、みごと大空の決戦に勝ち抜いたエース・北出が綴る空戦記。飛行時間七千時間、海軍の至宝と謳われた名パイロットが“炎”のごとき闘志を燃やした蒼空の死闘の跡を辿る。
(amazonより転載)


 それと著者が大阪川西飛行機でみたという6発の大型飛行艇というのは何なのだろうか。木製のモックアップが存在したという可能性はあるようなので著者はこれをみたのだろうか。それにしても実際に飛行できる機体があるかのような書き方だ。


 それにしても飛行艇戦記は面白い。



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