辻田真佐憲 著
イースト・プレス (2015/9/10)

 

総評

 

 本書は値段の割にはかなり充実した内容だと思う。近著『大本営発表』でもそうだったが、辻田氏の本は中身が濃いし、現在への問題提起も的確だ。良書だと思う。

 

書評

 

 今日、紹介したいのは辻田真佐憲『たのしいプロパガンダ』である。プロパガンダとは、

 

政治的な意図に基づき、相手の思考や行動に(しばしば相手の意向を尊重せずして)影響を与えようとする組織的な宣伝活動」

(辻田真佐憲『たのしいプロパガンダ』より転載)

 

 ということだ。プロパガンダを行う理由はもちろん、自分達の目的達成のためである。戦争であればもちろん敵の戦意を喪失させ、味方の戦意を高めることだ。私は辻田真佐憲氏の『大本営発表』を読んでいたこともあり、本書の内容を勝手に太平洋戦争中の日本のプロパガンダのことを書いていると勘違いして購入してしまったのだが、本書も中々面白い内容であった。辻田氏はまさにタイトルの通り、プロパガンダというのは楽しくなければならないのだという。世間一般にプロパガンダというと、

 

我々は正義なのであーーる!

 

 というような堅苦しいものと考え勝ちであるが、堅苦しいものは人の心に入り込めない。実際、人々に影響を与えるプロパガンダというのは娯楽映画だったりお笑いだったりと楽しいのだという。内容は、大日本帝国のプロパガンダ、ソビエト連邦、ドイツ、イギリス等のプロパガンダ、さらに北朝鮮のプロパガンダ、日本の宗教組織の巧妙なプロパガンダなどから最後は現代日本のプロパガンダまで論ずる。

 本書で特に面白かったのは、戦前の日本のスローガンについてだ。プロパガンダにスローガンというのは当たり前のことと思われるかもしれないが、実はこのスローガン、重要なのはスローガン自体ではないのだ。巧妙なのはこのスローガンというのは懸賞であったという。賞金は当時のホワイトカラーの年収の一年分に相当するものであった。当然、相当数の人が国や自治体の与えたテーマについて頭を捻りスローガンを考える。

 実はプロパガンダというのはこの「テーマについて考えさせる」ことなのだ。みんな懸賞金欲しさに四六時中テーマについて考える、調べる。これがプロパガンダなのだ。さらには北朝鮮のプロパガンダも巧妙である。先代の金正日は相当な映画好きで有名だったが、これはただの趣味ではない。金正日は一貫してプロパガンダ部門を歩き続けた”その道”の専門家なのだ。

 映画とはプロパガンダの最も有効な方法の一つである。金正日はその映画を使いプロパガンダを行っていた。結果、その実績が認められ「偉大なる将軍様」になったのだという。意外にも金正日は親の七光りではなく実力で最高権力者の座を勝ち取ったのだという。さらにソビエトが映画や前衛芸術に力を入れたのもプロパガンダが目的であったことや、日本の宗教団体オウム真理教やアーレフ等も巧妙なプロパガンダを行っているという。

 因みに辻田氏は新進気鋭の歴史学者で、現在の問題について言及するのを躊躇する学者が多い中で明確に自己の主張を述べる貴重な人だ。視点は現代の問題意識から歴史を観るという点を貫徹している。歯切れはいい。

 

たのしいプロパガンダ (イースト新書Q)
辻田真佐憲
イースト・プレス
2015-09-10

戦争プロパガンダ10の法則
アンヌ・モレリ
草思社
2016-09-02