不定期更新です。 更新は気分次第でーす(^_-)




 最近は、すっかり読書三昧の日々を送っている訳だけです。まあ、読書といっても私の書評を見れもらえれば分かるように軍事関係の書籍がほとんどな訳です。んで、結構、読んでいて思うのって当時の軍隊の階級制度についてなのだ。


 坂井三郎氏はこの軍隊の階級制度について「貴族と奴隷」とまで言っている。坂井三郎原作映画『大空のサムライ』(映画の製作費はネズミ講から出ているらしい『祖父たちの零戦』)では、藤岡弘扮する坂井三郎に「俺たちは二つの敵と戦っている。一つは連合国、もう一つは士官だ」というようなことを言わせている。さらに最近読んだ一ノ瀬俊也『戦艦武蔵』中にも士官と下士官の対立があり、戦後まで尾を引いていたという。


 角田氏の著書『修羅の翼』ではフィリピンで下士官以下の隊員が住む隊舎に入ろうとしたところ、下士官に道を塞がれ危うく追い返されそうになったというエピソードがある。角田氏は下士官からの叩き上げだったので結局通してもらえたが・・・。特攻隊員がいる隊舎ということもあるが、やはり士官と下士官兵の壁はあったようである。


 下士官からの叩き上げで特務士官になった岩本徹三は妙にポジティブな性格だったようで、「我々には伊達に特務の二字がついているんじゃない。日露戦争の杉野兵曹長の昔から、兵学校出の士官にもできない、下士官にもできないことをするのが我々特准なんだ。頑張ろうぜ」と角田氏に語っていた(角田和男『修羅の翼』)。


 因みに岩本徹三氏は侠客的(『日本海軍戦闘機隊』)、昔の剣客(安部正治「わが胸中に残る撃墜王の素顔」『空戦に青春を賭けた男たち』)等と言われるが、原田要氏によると意外と几帳面で神経質な性格だったようである。まあ、とにもかくにも、軍隊には士官と下士官が存在している訳なのだ。私は常々思っていた疑問(『わが誇りの零戦』)で、世間一般の会社では幹部と下っ端って入社時から分けない訳ですよ。


 入社してから(建前上は)能力を見て、幹部にする人と平社員のままにする人を分ける訳じゃないですか。じゃあ、軍隊もそうすればいいんじゃないの?と思っていた訳です。そもそも士官と下士官兵というのは貴族と平民から来てるんじゃないの?今は21世紀だよ。人類皆平等。軍隊も能力によって幹部(士官)になる人とそうじゃない人を分ければいいじゃーんと思っていた訳です。


 実はこれ、違うんです。士官と下士官兵、幹部と曹士の区分は世界中の軍隊で採用されていてどこも廃止しないじゃないですか?例えば合理的で平等意識の強い上にドラスティックに改革しそうなアメリカですらも士官学校、兵学校があり、士官と兵の区分は明確な訳ですよ。


 これは必要なんです。一般の会社では「死ね」と命令することはないです。無いというよりしたら事件ですね。パワハラですね。逮捕ですね。ところが軍隊では「死ね」と命令しなければならない事態が起こる訳ですよ。そうなった時にかつて同じ立場で出世した同僚、かつての部下だった上司に命令されて死ねますか?


 やはり「死ね」という命令を出す人と出される人には、一定の距離が必要なんですね。ここら辺のことはデーブグロスマン『戦争における「人殺し」の心理学』に詳しい。私達みたいに平和な時代、平和な国に生きている人間には戦争というのを理解するのは難しいですよね。もちろん私も偉そうなことは言えないです。はい。 



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