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 今日のテーマは日本海海戦で活躍した装甲巡洋艦。以前、日本海海戦で活躍した戦艦というテーマで書いたところ、たった一人だけ「拍手」をくれたので気を良くして第二弾を企画してみました。日露戦争当時、戦艦に次いで強力は破壊力を誇ったのが今日紹介する装甲巡洋艦だ。んん?「そうこうじゅんよーかん?」何それ??という声が聞こえてきそうなのでまずは装甲巡洋艦とは何かということから始めて行きたい。


 装甲巡洋艦とは戦艦には及ばないにしても格下の艦相手には十分な装甲を持ち、速力も戦艦よりも若干上回ったようだ。要するに準戦艦と考えて良い。日本海海戦に参加した装甲巡洋艦はトン数こそ1万トン以下であり、戦艦には遠く及ばないものの、速力は全艦20ノット以上を出すことができた。戦艦三笠の最高速度が18ノットであることを考えると割と速い。


 日本海海戦に参加した戦艦が実は4隻のみだったのに対して装甲巡洋艦は8隻が戦闘に参加した。その8隻の特にその後についてみてみよう。私は昔からどうしても歴史上の偉人、有名な物のその後が気になってしまうのだ。人物にしても歴史上に輝く業績を上げたことはみんな知っているがその後のことはあまり知られていない場合が多い。結構、意外な「へー」があるものなのだ。ということで早速見てみよう。 



装甲巡洋艦 春日(第一艦隊第一戦隊所属)



性能
排水量 基準:7,700t
全長 105.0m
全幅 18.7m
吃水 7.29m
機関 石炭専燃円缶8基
+直立型三段膨張式三気筒レシプロ蒸気機関2基2軸推進
最大速 20.0ノット
航続距離
兵員 562名
装甲
兵装 25.4cm(40口径)単装砲1門
20.3cm(45口径)連装砲2門
15.2cm(40口径)単装砲14門
7.6cm(40口径)単装砲8門
45.7cm水中魚雷発射管単装4門
(wikipediaより転載)


概要
 春日(かすが)は、日露戦争で活躍した旧日本海軍の春日型装甲巡洋艦の1番艦。一等巡洋艦(装甲巡洋艦)に類別された。同型艦は日進。
(wikipediaより一部転載)
 さらに詳しい情報を知りたい方はこちら(wikipedia)


 当時の艦船に日本製は少ない。この春日も名前こそ日本風であるが、イタリア製である。アルゼンチンが発注したものであるが、それを日本が購入した。日露戦争では黄海海戦に参加したのち、日本海海戦に参加、その後、第一次世界大戦にも参加した。大正10年に海防艦となるが、それまでに二度座礁している。どうも座礁と縁のある艦であった。その後、練習艦、海防艦と艦種が変わり、太平洋戦争の最中の1942年に再度練習艦となる。終戦間際の1945年に空襲を受け大破着底した。戦後引き上げられ解体された。


装甲巡洋艦 日進(第一艦隊第一戦隊所属)



性能
排水量 基準:7,700t
全長 105.0m
全幅 18.7m
吃水 7.29m
機関 石炭専燃円缶8基
+直立型三段膨張式三気筒レシプロ蒸気機関2基2軸推進
最大速 20.0ノット
航続距離
兵員 568名
装甲
兵装 20.3cm(45口径)連装砲4門
15.2cm(40口径)単装砲14門
7.6cm(40口径)単装砲8門
45.7cm水中魚雷発射管単装4門
(wikipediaより転載)


概要
 日進(にっしん)は、日露戦争で活躍した旧日本海軍の春日型装甲巡洋艦の2番艦。一等巡洋艦(装甲巡洋艦)に類別された。同型艦は春日。
(wikipediaより一部転載)
 さらに詳しい情報を知りたい方はこちら(wikipedia)


 春日と共に日本が購入した装甲巡洋艦の一つ。この艦には当時、少尉候補生だった山本五十六が乗艦していた。さらにアルゼンチン海軍の観戦武官も乗艦していたという結構面白い艦だ。大正元年に乗組員の放火によって火薬庫が爆発する。華やかな海軍の内側ではとても言えないこともあったのだろう。その後第一次世界大戦では南洋の警備にあたる。1921年に海防艦となり1935年に廃艦となる。





装甲巡洋艦 出雲(第二艦隊第二戦隊所属)



性能
排水量 9,750t
全長 121.92m
全幅 20.94m
吃水 7.37m
機関 ベルヴィール式石炭専焼水管缶24基
直立型三段膨張式四気筒レシプロ機関2基2軸推進
最大速 20ノット
兵員 672名
兵装 20.3cm連装砲塔2基
15.2cm単装速射砲14門
12ポンド単装速射砲12門
2.5ポンド単装速射砲8門
45.7cm水中魚雷発射管単装4門
兵装(最終時) 八九式12.7cm(40口径)連装高角砲2基
15.2cm(40口径)単装速射砲4基
三年式8cm(40口径)単装高角砲1基
九六式25mm三連装機銃2基
九六式25mm連装機銃2基
九六式25mm単装機銃4基
九三式13.2mm単装機銃2基
(wikipediaより転載)


概要
出雲(いずも)は、大日本帝国海軍の出雲型装甲巡洋艦の1番艦。日露戦争や第一次世界大戦、支那事変に参加し、太平洋戦争で戦没するまでの45年間現役にあった。
(wikipediaより一部転載)
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 私が日露戦争当時の艦艇を調べるようになって結構驚いたのが、当時の艦艇って意外と寿命が長い。廃艦になったりした艦もあるが、多くが太平洋戦争中に撃沈されている。これらの艦艇の中で特に異彩を放つのがこの装甲巡洋艦出雲だ。この出雲、撃沈されるまでの生涯でこれほど「旗艦」を務めた艦もないのではないだろうか。


 日本海海戦では第二艦隊旗艦、戦後は第一艦隊旗艦、第一次世界大戦では遣米艦隊旗艦、続いて第一特務艦隊旗艦としてインド洋に派遣される。その後練習艦、海防艦として活躍するが、1932年2月、日中関係の悪化によって中国方面の艦隊を統率する第三艦隊の旗艦となる。その後さらに第四艦隊も加えた支那方面艦隊の旗艦となる。


 その後、支那方面艦隊は規模を縮小され、第三艦隊は第一遣支艦隊と改名される。ここでも当然旗艦だ。ここで出雲は太平洋戦争開戦を迎えるが、太平洋戦争の熾烈化に伴い、第一遣支艦隊は艦隊の体をなさなくなった。1943年8月20日、やっと出雲は内地に帰還することとなる。1945年7月24日、米軍の空襲により至近弾を受け大破着底、1947年に引き上げられ解体されている。やたらと「旗艦」な出雲なのであった。


装甲巡洋艦 吾妻(第二艦隊第二戦隊所属)

性能
排水量 基準:9,326トン
全長 135.9m、水線長:131.3m
全幅 18.1m
吃水 7.2m 
機関 ベルヴィール式石炭専焼缶24基
直立型三段膨張式四気筒レシプロ機関2基2軸推進 17,000hp
最大速 20.0ノット
航続距離 10ノット/7,000海里
乗員 644名
兵装 20.3cm(45口径)連装砲2基
15cm(40口径)単装砲12基
8cm(40口径)単装砲12基
47mm単装砲12基
45.7cm水上魚雷発射管単装1基
45.7cm水中魚雷発射管単装4基
装甲 舷側装甲:88〜178mm
上部水線帯:125mm
甲板装甲:102mm
主砲塔装甲:150mm(前盾)、-mm(側盾)、-mm(後盾)、-mm(天蓋)
副砲ケースメイト:50〜150mm
バーベット部:150mm
司令塔:356mm
(wikipediaより転載)


概要
 吾妻(あづま)は、大日本帝国海軍が日露戦争前にフランスのロワール社から購入した最初期の装甲巡洋艦。艦名の由来は福島県北部の吾妻山。本艦は六六艦隊の装甲巡洋艦の第一期拡張計画で八雲型に次いで整備された艦である。
(wikipediaより一部転載)
 さらに詳しい情報を知りたい方はこちら(wikipedia)


 この艦はフランス製。この当時の日本にはいろいろと外交上の苦労があったようだ。日本へ回航されたのち第二艦隊第二戦隊に所属する。蔚山沖海戦、日本海海戦に参加する。その後、練習艦となる。第一次世界大戦に参加したのち海防艦に艦種替えとなる。就役したのが1900年であるだけに、太平洋戦争中の1944年に老朽化のために除籍され横須賀に係留されるが、米軍の空襲によって大破着底した。戦後解体される。太平洋戦争中に「老朽化のため」除籍されるという一風変わった最後であった。日本海海戦で活躍した装甲巡洋艦へ続く。



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