磯山友幸『「理」と「情」の狭間』について書いてみたい。本書は、ワイドショーを騒がした大塚家具の分裂劇の内側を元記者の著者が比較的客観的に書いたものだ。

 単なるルポルタージュではなく、今の社会情勢から同族企業の継承という問題を描いたものだ。本書のタイトルは情で訴える父勝久と理で訴える娘久美子の特長を現したものだ。大塚家具の分裂の内情の大きな原因というのは父勝久が築いた今までの大塚家具のビジネスモデルが崩壊し始めているということだった。

 大塚家具のビジネスモデルというのは、会員制である程度の高級家具をまとめ買いする住宅を新築した人や新婚者を相手にしたものだった。しかし少子化や住宅の新築数が減少している中、大塚家具の売り上げも徐々に減少してきた。これに対して既存のビジネスモデルを継続しようとする父と新しいビジネスモデルに切り替えようとする娘の戦いであったようだ。結局は、娘久美子が父勝久を会社から追い出し騒動は終わる。

 内容は上記のようなことを事実に基づいて書いている。本書を読んでの私の感想だが、著者は客観性を保っていながらもやはり娘久美子側の意見に傾いているような気がする。「やはり」というのは世間全般が娘の意見を支持しているように思えるからだ。古い体制と戦う美人社長と古い体制を象徴する父勝久という結構分かり易い構図になっている。

 これはそれぞれのPR会社の技量だろう。特に娘久美子の会見は上手かった。父は「娘」に対して家族問題として会見を開いたが、娘は会社のビジネスモデルの違いとして会見を「冷静に」行った。基本的に記者会見は冷静な方が勝つ。youtubeで検索をかけてもらえば分かるが、娘の記者会見の動画は多く上がっているが、父勝久の会見はほとんどない(私が検索した結果は全くなかった)。

 因みにPR会社の暗躍を知りたければ『戦争広告代理店』を読むと良い。ボスニア紛争の裏で情報操作がどのように行われていたかが分かる。それはそうと記者会見という情報戦では娘が勝利した。では実際、父のビジネスモデルというのはそれほどダメだったのだろうか。私はそうは思わない。父は高級志向の富裕層をターゲットにしているが、娘は中流層をターゲットとしている。しかし娘の層にはイケアやニトリという大企業が控えているのだ。

 大企業と戦うには知恵が必要だ。娘も優秀な経営者なのでいろいろな戦略を練るだろうが、父の富裕層向けビジネスの方が競合が少なく勝ち目が多くなると思う。結果的に父は「匠大塚」という新会社を起こしたが、大塚家具とは競合しない。勝久に言わせると業者も新たに開拓したそうだ。その点でも全く大塚家具とは競合しない。父娘の仲直りが出来れば経営統合してもおかしくはない。

 ただ、これは一部に言われているような出来レースではないと思う。結果的にはそうなったというだけだ。ここまで複雑な経緯を経た結果を事前に予測できるほど人間は頭が良くない。内幕は当事者が主張している通りなのだろう。結果、娘はフレイザーの言う、「王殺し」を行うこととなった。これに対して「王」はまだ「王」であることを示した。というのが私の感想だ。

 それはそうと著者が結局主張したかったことは創業者から二代目に引き継ぐことの難しさだ。初代はカリスマ性がある。しかし二代目にはそれがない。全く同じことをしても「真似」となってしまう。結果、二代目は伝統的統治か合法的統治かを選ぶしかない。洋の東西を問わず古来から続く問題だ。しかし企業経営となれば「伝統的統治」という訳にはいかないだろう。久美子氏の主張するように合法的統治しか方法はない。

 一つの組織が勃興し継続していくためには基本的に「道を切り開く人」「道を均す人」「道を広げる人」の三タイプの人が必要だ。これは企業に限った問題ではない。徳川家康が道を開き、秀忠が道を均し、家光が広げる。その結果、250年の支配体制が完成した。大塚家具は二代目の道を均すフェーズに突入したのは間違いない。これからその道をどう均して広げていくのか経営者の器量が問われる。久美子氏にとっては茨の道だ。

 

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