ミニマム情報戦記

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 その短命が故に活躍できなかった傑作機というものが世にはある。太平洋戦争末期、日本陸海軍は多くの傑作戦闘機を世に送り出していた。残念ながら当時の日本はエンジンの性能で先進国に一歩遅れを取っていた。しかしそのハンディを乗り越えて世に送り出した傑作機というのをみてみよう。


 特にマイナーな航空機だけを紹介するということはない。純粋に私が気になっている航空機を紹介してみる。まずは大戦末期の傑作機といえば言わずと知れた四式戦闘機疾風。最高速度は624劼噺世錣譴討い襪、実際、もっと速度は出たようだ。戦後に米軍が高オクタン価のガソリンでテストしたところ、687劼旅眤を記録したと言われている。


 この四式戦闘機は当時の万能戦闘機P51ムスタングに対して全く互角の戦いを挑める数少ない日本戦闘機だった。因みに当時の搭乗員に言わせるとムスタングは「ちょろい」そうだ。同時期の2000馬力級戦闘機紫電改の方が知名度は上だが、実際の性能では断トツで四式戦闘機の方が良かった。


 因みに戦後、紫電改の知名度が上昇した理由は、恐らく紫電改を一つの航空隊が集中運用したためだろう。一般に紫電改を集中運用した343空はエース部隊のように言われるが、搭乗員の技量は他の航空隊とあまり変わらなかったようだ。しかし訓練を十分にやるまで出撃命令を拒否し続けたことや初の空戦の大勝利によってエース部隊のイメージが定着したものと思われる。


 それはそうと、大戦末期で私が傑作機だと思う航空機は零戦五四型がある。これは確か3機しか製造されなかった試作機だったが、金星六二型エンジンを搭載したバランスの良い戦闘機だったようである。零戦自体、元々拡張性のある機体ではなかったが、紫電改等の多様な戦闘機を開発するよりは零戦を改良し続けた方が良かったというのは私もそう思う。


 あと気になる機体というのは震電だろう。最高速度750劼箸いΔ困佝瓦韻森眤を誇った局地戦闘機だ。局地戦闘機というのは現在ではなくなってしまった戦闘機の種別で爆撃機の迎撃を主任務とする戦闘機のことだ。その任務の特性上、航続距離はあまり求められず、代わりに速度、上昇力が求められた。


 しかし当時の軍部の方針はあれもこれもと欲張り過ぎ、どっち付かずの航空機が多く誕生してしまっている。技術者に無理をさせることで常識を超えた高性能機が開発されると考える人もいるかもしれないが、私は違うと思う。結局、月光のように遠距離戦闘機として開発されたが、速度が遅く何の役にも立たない戦闘機が生まれたりした。月光は後に夜間戦闘機として活躍することとなる。


 それはそうと震電だが、量産される前に終戦となった。この機体は性能はイマイチだった説と実はかなり高性能だった説があるが、どうも高性能だった説の方が事実のようだ。実際のところは試作機が2〜3機製作されただけなので分からない。


 その他、日本側からは駄作機、殺人機と呼ばれ搭乗員からも毛嫌いされていたが、実際はもっともB29を撃墜し、米軍からはB29ハンターとして恐れられていた雷電等有名な機体の知られていない評価なども面白いが、書き出すとキリがないのでこの辺にしておこう。



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