01_ふ号兵器
(画像はwikipediaより転載)

 

 風船爆弾。今でもたまにネタにされるこの兵器。日本軍が必死に作った和紙とこんにゃくで作ったお茶目な兵器で実際には2発程度しかアメリカに到達しなかった。トンデモ兵器の一つとして日本軍のポンコツ振りを良く表していると世間では思われているが、実際どうであったのだろう。日本が生んだ戦略兵器、風船爆弾とは。。。

 

ふ号兵器

 

性能

気球の直径:10.0 m
吊り紐の全長:15.0 m
ガスバルブ直径:40cm
総重量:205kg
搭載爆弾量:15kg×1 / 5kg×4
飛行高度:標準10,000m 最大12,000m
飛行能力:70時間
設計・開発 第九陸軍技術研究所

 

背景から開発まで

 日本の軍用気球の歴史は日露戦争に始まる。臨時に編成された気球隊が着弾観測、偵察において一応の成功を収めたことから1909年に長岡外史を初代会長として臨時軍用気球研究会が設置された。これは1919年に陸軍航空部の設立とともに廃止されるが、同時に軍用気球も航空機の発達に伴って衰退していく。

 観測兵器としては衰退した気球であったが、1930年代になると気球に爆弾を搭載して兵器として使用することや空挺作戦への利用という案が生まれてきた。この案は関東軍に持ち込まれ、陸軍登戸研究所において研究が行われることとなった。

 

開発

 1942年になると米本土爆撃を視野にいれた決戦兵器として注目されるようになり、1943年8月にはふ号兵器として研究命令が出た。気球の材料は何と和紙とこんにゃくで、これを日本からアメリカ大陸に向かって流れる偏西風(ジェット気流)に乗せ米本土を爆撃しようというものであった。気球は直径10m、重量200kgで15kg爆弾1発と5kg焼夷弾2発を搭載、自爆装置が装備されており、機関部には気圧計とバラストがあり気球の高度を調整するようになっていた。

 1944年2月には千葉県の一宮海岸で実験、9月8日には『ふ』号気球連隊が編成され、10月25日、陸軍参謀総長は、米本土攻撃作戦「寅号試射」を発令、11月3日初弾が発射された。作戦は1945年3月まで行われこの間に約9,300発の気球が放たれた。

 

大陸間攻撃兵器「ふ号兵器」

 世間では「ネタ」としか思われていないこのふ号兵器、実はトンデモ兵器どころか、とんでもない兵器なのである。とんでもないとはどういうことかというと、ふ号兵器はある意味、世界の軍事戦略の最先端を行った兵器であった。このふ号兵器という「戦略兵器」の存在を知った米軍はあらゆる手段を使用してその存在を小さく見せようとしたと言われている。

 何言ってるんだこいつは。と思われるかもしれない。だってふ号兵器っていったら和紙とこんにゃくで作った貧乏国の兵器じゃーん、おまけにアメリカまで届いていないし…。そう、届いていないというのは都市伝説だ。ふ号兵器は約9300個放たれてそのうち1000個(または300個)がアメリカ本土に到達している。

 

ふ号兵器が米国に到達する原理

 実際は、ふ号兵器のかなりの数が米国に到達しているのだ。ふ号兵器の構造は簡単に書くにはまず日本からアメリカに流れる偏西風があることを知らなければならない。この偏西風、日本からアメリカに流れる。逆はない。この偏西風を利用して風船を飛ばすのだが、アメリカに到着するまでに2日程度かかる。その間に昼夜で気温が変わる訳だ。

 気温が変わると風船の気圧が変わる。そうすると風船が偏西風から落ちてしまうので、高度が下がると自動的に積んである土嚢を落とすための装置が搭載されている。そしてまた偏西風に乗る。それを繰り返すことによりアメリカ本土まで到達するのである。

 アメリカ本土に到達すると自動的に爆弾等が吊ってあるフックが切れる。同時にふ号兵器自体も自爆する構造になっていた。以上のような原理でふ号兵器はアメリカ本土に損害を与えることができたのである。これの何がすごいのかというと、まずこれは偏西風の関係で日本からアメリカにしか攻撃できない。

 そして人的な損害が全くない。おまけに構造は単純であり、材料も和紙とこんにゃく、それと高度を判断する装置で出来てしまう。つまりは大量生産が可能である。このふ号兵器の主目的は米国民に恐怖心を与えることと森林火災を起こさせることであったが、同時にこのふ号兵器には炭疽菌、ペストの搭載が検討されていたことである。

 

米国が恐れた本当の理由

 このふ号兵器に細菌兵器を付けて飛ばせばどうなるか。アメリカがふ号兵器を小さくみせようとした理由も頷ける。結局、昭和天皇が細菌の搭載は許可しなかったため実行されることはなかったが、これが大規模に生産されたならばアメリカは対日戦略の変更を迫られていた可能性は相当高い。すなわち、このふ号兵器というのは戦略兵器であり、発想は大陸間弾道ミサイルと同じである。日本は和紙とこんにゃくで戦略兵器を開発したということができる。

 

まとめ

 

 仮にふ号兵器で細菌戦を行っていた場合、米国の対日戦略は大きく変わっただろう。恐らくそれは日本に有利な条件での講和等ではなく、徹底した日本殲滅作戦になった可能性は高い。そして戦後も日本にとっては細菌戦を行わなかった場合に比べて決して良いものとはならなかったであろう。

 

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