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 ミリタリーファン以外の人は零戦というよりゼロ戦といった方がいいのかもしれない。正確には零式艦上戦闘機、1940年、当時の年号で皇紀2600年ちょうどに正式採用されたのでこの名前が付いた。この零戦、好きな人はわかっていると思うが、実は何種類もある。簡単に説明してみよう。


 まず最初の一一型、続いて翼端をちょっとだけ折りたためるようにした二一型、面倒くさくなってその翼端をぶった切ってしまった三二型、ちょっと思いっきり過ぎたと反省し、また翼端を伸ばした二二型、いやいややっぱり短い方がいいと考え直しまた切り詰めたけど、このまま戻したんじゃ芸がないと適当に翼端を丸く成形したのが五二型。


 これからは「爆弾も積めた方がいいよねー」とみんなで話し合った結果できた六二型、爆弾もいいけどエンジンも新しくしようよ〜とエンジンを新しくしてしまった六三型、昔、使いたかった金星エンジンを使っちゃわね?とまたまたエンジンを替えた六四型。このように零戦には紆余曲折を経ていろいろな型があるのだ。この中で今日取り上げるのは零戦五二型丙という機種。


 丙って何さ?と思われるかもしれないが、機体の型の後にたまに忘れたようについてくるこの甲乙丙とは機体の若干のマイナーチェンジ。マイナーチェンジをしたけど、型番を変えるほど大それたものじゃねーよなー。ということで甲乙丙と付けたりする。基本的には搭載している機銃が違うというのがほとんど。今回紹介する丙型とは零戦五二型が7.7亠―2門、20亠―2門であるのに対して13亠―3門、20亠―2門という結構な重装備の零戦だ。





 零戦に詳しい人なら知っているだろうけど、この零戦、あまり評判が良くなかったといわれている。機銃をたくさん積み過ぎて機体が重くなってしまったのだ。現に最高速度も五二型の565劼ら一気に25劼皺爾った540劼砲覆辰討靴泙辰拭さらに翼面荷重(全重量を翼の面積で割ったもの)は二一型の107圓紡个靴栃嵯燭148圓1.5倍になってしまった。これは運動性能が落ちたことを意味する。


 このため予備学生一三期の土方敏夫氏は重量軽減のため愛機の丙型の座席の後ろの防弾版と翼の13mm機銃2丁をはずして使用していた(神立尚紀『祖父たちの零戦』)という。


 翼面荷重について簡単に説明してみよう。翼面荷重とは航空機の全重量を翼の面積で割ったもの。即ち、機体が重く、翼が小さい航空機は翼面荷重が高い。それに対して軽く翼が大きい航空機というのは翼面荷重が低い。軽くて大きな翼を持っているので運動性能が良い。しかし運動性能が良い分、空気の抵抗があるので速度は出ない。逆に翼面荷重が高い航空機は速度は出るが運動性能が悪いという意外と困ったちゃんなものなのだ。


 零戦五二型丙は、速度が増加した分、翼面荷重が増えてしまった。しかし速度が上がったといっても、零戦二一型の最高速度が533kmということを考えると丙の540kmというのはそれほど速くなったという印象はない。しかし翼面荷重は1.5倍になってしまった。速度はそれほど上がらず、運動性能は悪くなったと評判の悪い丙であるが、一方、丙型に対して好意的な搭乗員も存在する。





 太平洋戦争後期、二五四空に所属していた今泉氏は当時二五四空に一機しかなかった零戦五二型丙をもらった。そのパワーと離陸の早さには圧倒されたという。それまで使用していた零戦二一型と比べ、その性能の違いは衝撃的だったようだ。二一型だと離陸に300m位は必要であったが、五二型丙は200m位で離陸できたという。


 五二型丙は昭和19年9月〜20年3月まで生産され、総生産数は432〜468機と言われている(秋元実『日本軍用機航空戦全史〈第5巻〉大いなる零戦の栄光と苦闘』)。配備された部隊で知られているのは252空戦闘304、316飛行隊で各40機の丙型が配備されたようだ。さらにあまり有名ではないが密かにエース部隊であった203空戦闘303飛行隊にも配備されており、著名な撃墜王である岩本徹三、谷水竹雄氏も搭乗していた。



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