本書は、「マッカーサーの参謀」と呼ばれた大本営陸軍部の情報参謀の回想記である。しかしこれはただの回想記ではない。著者が情報参謀だったということもあり、情報の入手方法、情報分析の方法等も具体的に書いている。現在の情報関係に務める人もこの本を勧めるほどである。

 内容は、著者の陸軍時代のこと全般について書いてある。自身を「私」と言わずに「堀」と三人称で呼ぶことからも分るように内容は冷静に客観的に書かれている。著者は本書にもあるように「たまに当たるから弾丸(たま)というんだ」というような日本の精神主義に批判的であったようだ。

 その著者が客観性を担保するために、日米(中)の戦力を分析する指標として使用したのが「鉄量」である。要するに爆弾、砲弾の量である。鉄量の多い方が勝つとまで言い切ってはいないが、鉄量というものを物凄く意識していた。つまりは情報分析に精神力などの主観を極力排除し、客観的、合理的に相手側の立場に立って情報を分析していく。その分析の正確さは恐ろしいばかりである。

 

マッカーサー参謀

 その結果、アメリカ軍の作戦を次々に的中させていった。フィリピンではアメリカ軍の上陸地点のみらならず上陸日までを完全に的中させた。前述のマッカーサーの参謀というのは「マッカーサーの参謀しかしらないような情報を知っている」というような意味のようだ。あまりの正確さ故、米軍内部にスパイを放っていたのではないかと疑われ、戦後、進駐軍に呼び出され尋問を受けたというエピソードもある。

 日本が生んだ鬼才であることは間違いない。その著者は日本の戦略、戦術に関しては手厳しい。戦略的な発想に乏しく情報を軽視した結果、多数の日本兵の生命を犠牲にしてしまったのだ。しかし感情的に日本をこき下ろすという趣旨のものではない。フィリピンで圧倒的に不利な状況の中で第一師団がアメリカ軍を二か月に亘って食い止めたこと等、賞賛すべき点は賞賛している。あくまでも客観的で正確な情報職人であった。

 

 

天保銭組

 本書は大本営陸軍部内の高級軍人同士の力関係についても書かれている。陸軍のエリートが陸軍士官、その中で選ばれたものだけが行ける陸軍大学校がある。その陸軍大学校を卒業すれば超エリートで通称「天保銭組」となる。

 「天保銭組」とは陸軍大学校卒業生が胸に付ける徽章の形が江戸時代の貨幣天保銭に似ていることから名付けられた名前である。特別な名前を付けられるほどなので超エリートなのだが、そのエリートの中にも序列がある。エリートの巣窟である大本営陸軍部にはいくつかの部署があるが、その中でも最も優秀な「天保銭組」が行くのが作戦課である。

 作戦課とそれ以外の課との軋轢はそれなりにあったようだ。堀氏は作戦課ではなかったため忸怩たる思いをしたこともあったようだ。そういった超エリート内部にもまた序列があるというのが日本軍の病理であったのかもしれない。

 それ以外にも山本五十六が猛反対したために日本に空軍が創設されなかった等、興味深いエピソードも多いのでおすすめの本である。

 

amazonで堀栄三『大本営参謀の情報戦記』を探す

楽天で堀栄三『大本営参謀の情報戦記』を探す

 


失敗の本質
野中 郁次郎
ダイヤモンド社
2013-08-02

情報戦、心理戦、そして認知戦
上田 篤盛
並木書房
2023-12-12

 

↓良かったらクリックして下さい。


ミリタリーランキング