奥村武雄 (画像はwikipediaより転載)

 

 奥村武雄は、日中戦争から太平洋戦争中盤にかけて戦った戦闘機搭乗員で、総撃墜数は公式記録からみると30機前後であるが、一般には54機撃墜といわれている。

 

奥村武雄の経歴

 

 奥村武雄の経歴を簡単にみてみよう。奥村は、大正9年2月27日、福井県に生まれる。昭和10年6月呉海兵団に入団。昭和13年2月第42期操縦練習生として霞ヶ浦空に入隊。9月卒業。大分空で戦闘機専修教育を受け、大村空に配属される。昭和14年9月14空に配属され日中戦争に参加、実戦を経験する。その後、大分空で教員配置ののち、昭和17年空母龍驤戦闘機隊に配属される。

 第二次ソロモン海戦で母艦龍驤が撃沈されたため、ラバウルに展開している台南空に転属する。昭和17年12月本土に帰還。大分空で教員配置につく。昭和18年5月201空に配属、7月にはブーゲンビル島ブイン基地に進出する。9月14日には1日で10機撃墜という日本海軍の最高記録を樹立するが、8日後の9月22日、空戦中に未帰還となった。

 大正9年生まれ、つまりは1920年生まれ、海兵団に入団したのがなんと15歳、操縦練習生を卒業したのは18歳というかなりの若手。太平洋戦争開戦時21歳といえば通常なら飛練を出たての新米だが、この奥村武雄、もう一年以上の実戦経験を持つベテラン搭乗員であった。1920年生まれといえば、有名な撃墜王西沢広義、杉山輝夫、渡辺秀夫、前田英夫、小町定等がいる。甲種予科練出身者以外はほとんど実戦経験がない。

 特に操練出身者は日中戦争当時はまだ訓練生であった。経歴をみれば分ると思うが、奥村は、内地での教員配置が多い。戦地にいたのは日中戦争の1年数か月、龍驤乗組からの半年、201空時代の3ヶ月。操練卒業から5年間の部隊経験があるが、実戦部隊に配属されていたのは、トータルで2年強。残りは教員配置だった。

 その上、戦争中盤で戦死してしまっているので注目されることが少ないが、一日10機を撃墜するという前代未聞の記録を打建てた搭乗員である。空戦技術に絶対的な自信を持ち、先輩の搭乗員である樫村寛一や羽切松雄などと空戦をしても負けなかった三上一禧が唯一、後方に付かれ振り払うことが出来なかったのがこの奥村武雄だったそうだ

 空戦に天性の勘を持つという三上のバックを取った奥村は三上の3歳年下で、操練では5期下であった。奥村の空戦の腕がどれだけのものだったのか分かるだろう。但し、撃墜数の54機は誇張が含まれていると言われている。研究者によっては30機前後としているが、そもそも第二次世界大戦の撃墜数自体が誤認と希望的観測を多分に含んだ誇張された数であるのでカウントすることにあまり意味はないだろう。梅原氏の研究のような形で判明すればそれはそれで興味はあるが。

 

 

奥村武雄関連書籍

 

神立尚紀『証言零戦生存率二割の戦場を生き抜いた男たち』

神立尚紀『ゼロファイター列伝』の文庫化。零戦初出撃に参加した搭乗員、三上一禧氏、日高盛康氏等の貴重なインタビューが載っている。その他にも吉田勝義氏など、自身の経験を書籍化していない元搭乗員達のインタビューがあるのは貴重。

 

 三上一禧氏のインタビューでパイロットには天性の勘があるという話は面白い。天性の勘があると自任する三上氏は、圧倒的に飛行時間が多い片翼帰還で有名な樫村寛一少尉、羽切松雄氏にすら負けなかったという。しかし後輩である後の撃墜王奥村武雄上飛曹は空中戦訓練の際、どうしても振り切ることが出来なかったという話は面白い。

 

梅本弘『ガ島航空戦』上

 本書は私にとっての名著『海軍零戦隊撃墜戦記』を上梓した梅本氏の新刊である。本書の特徴は著者が日米豪英等のあらゆる史料から航空戦の実態を再現していることだ。これは想像通りかなりのハードな作業だ。相当な時間がかかったと推測される。『海軍零戦隊撃墜戦記』は宮崎駿氏おススメの本で、有名なラバウル航空戦の後半部分を史料を元にして再現したものだ。後半部分というのは私の憧れ、岩本徹三飛曹長が活躍した時期の前後だ。本書はそのラバウル航空戦の初期の戦いについて記している。本書では台南空での奥村武雄上飛曹の空戦の様子が分かる。天才と言われた奥村上飛曹でもやはり誤認戦果は多かったようだ。

 

日本海軍戦闘機隊―付・エース列伝

伊沢 保穂 秦郁彦 著
酣燈社 改訂増補版 (1975)

 1975年初版の海軍のパイロット好きには必携の本。撃墜王、エースの一覧表、主要搭乗員の経歴、さらには航空隊史、航空戦史まで網羅している。2000年代に再販されているが、その際にエース列伝と航空隊史・航空戦史が分冊となってしまった。古くてもいいから1冊で読みたいという方にはこちらがおススメ。

 

ヘンリーサカイダ『日本海軍航空隊のエース1937‐1945』

 これも定番。ヘンリーサカイダは米国の戦史研究者。初版が1999年なので『日本海軍戦闘機隊』よりは新しい。同様にエース一覧表があるが、『日本海軍戦闘機隊』のものより精緻で、今まで知られていなかったエースの名前も見える。当時の搭乗員に直接インタビューもしてたり、独自取材もしている。大原亮治飛曹長のことを「ラバウルの殺し屋」と書いて抗議されたのも本書だったはず。航空機のカラー絵も多い。