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岩本徹三01
(画像は岩本徹三少尉 wikipediaより転載)


エースとは・・・
 まず基本的なところから押えておきたい。「そもそもエースってよく聞く言葉だけど、そもそも何?」まずはそこら辺からはじめてみよう。

 エース・パイロット(米・英:Flying Ace フライング・エース、仏:As アス、独:Fliegerass フリーガーアス、日本:撃墜王(げきついおう))は、多数の敵機(現在は5機以上)を主に空中戦で撃墜したパイロット(主に戦闘機パイロット)に与えられる称号。航空機が戦闘に使用され始めた第一次世界大戦時からある名称である。単にエースとも称し、中でも撃墜機数上位者はトップ・エースと称される。
(wikipediaより転載)


 一般的にエースとは「切り札」と言う意味で曖昧であることが多いが、航空機パイロットの世界では、エースとは明確に定義された称号である。この称号は第一次世界大戦に生まれたようだ。当初は10機以上撃墜したパイロットをエースと称したが、のちに5機以上に変わり現在に至っている。つまり湾岸戦争、イラク戦争で「エースが生まれた」という話を聞いたら優秀なパイロット・・・だけではなく、5機以上撃墜したパイロットだということだ(湾岸戦争、イラク戦争でもエースは生まれたようだ。)。





日本海軍の場合
 まあ、簡単ではあるが、エース(撃墜王)については分ってもらえたと思う。ここで日本海軍の撃墜王について書いてみたい。日本海軍にはエースという概念は無く、5機以上撃墜したところで何も変わらない。個人撃墜も1943年中盤までは記録されたようだが、その後は戦闘報告書に部隊戦果のみが記録されたようだ。また、搭乗員自身も撃墜数をカウントしていない、または途中からカウントすることを止めてしまったということもあるように日本海軍においてはあまり個人撃墜数をカウントするという習慣はなかった。


 さらに日本海軍は当初は3機編成で一個小隊を編成しており、小隊長を先頭に左右に二三番機が続く。撃墜は小隊長がまず攻撃をして2番機、3番機はこれを援護、小隊長が撃ち漏らした場合、2番機、そして3番機と続いて攻撃したようだ。さらに中隊長クラスの部隊指揮官は全体を観て指示を出すという形であったようだ。このように有機的な連携の下に戦闘は進められていく。撃墜とはチームプレーの結果であった。


 この連携の中では当然小隊長の撃墜数が多くなるのは当然だ。現に撃墜王の多くは下士官の小隊長クラスであった。これに対して2、3番機、中隊長等は撃墜数は少なくなってしまう。中隊長クラスともなると撃墜数が5機に満たないという搭乗員も多く存在する。しかし彼らの撃墜数が少ないのは役割上仕方のないことであり、撃墜数と搭乗員の優劣は一概に比例する訳ではない。





撃墜確認方法
 その撃墜数についても搭乗員の自己申告である場合がほとんどであった。もちろん嘘を申告する搭乗員は少ないが激しい戦闘のさ中であり、搭乗員自身が撃墜と判断しても、現実には空中分解、または地上に激突等最後まで確認することは難しい。その結果、戦闘が激しさを増し、搭乗員の練度が低下してくる戦争中盤以降になると日本、連合国共に誤認戦果が多くなる。


 その結果、撃墜戦果は実際の2倍、3倍になる場合もあり、時には10倍以上の戦果を報告したこともあった。これは日米双方にあることだが、日本の搭乗員の方がアメリカの搭乗員より戦果を誤認することが多かったようだ。つまりは本人が確認した撃墜スコア自体も事実ではない可能性がある。





公認・非公認
 日本海軍戦闘機隊という本は、日本海軍のエースをほぼ網羅した画期的な本であり、私も参考にしている本だが、この本の文中に「公認」「非公認」という基準が多くみられる。しかし前述のように日本海軍にはエースを公認するという制度はない。この公認とは戦闘報告書に記載があるものを「公認」、記載が無く個人が主張しているものを「非公認」としているようであるが、戦闘報告書の「公認」戦果も搭乗員の主張を報告書にしたものであり、あまり違いはない。


 要するに撃墜数とは搭乗員の能力を測る客観的な数値ではなく、事実かどうかも定かではないというあくまでも重要性の低い一つの目安である。多撃墜搭乗員でも誤認している場合も多く、撃墜スコアが全く無い搭乗員でもベテランは存在する。私の記事には撃墜数も記載はするが、以上のことを踏まえた上での記載であることを確認してほしい。

2014年12月23日初稿。
2019年6月1日加筆修正。