01_九四式拳銃
(画像はwikipediaより転載)

 

 九四式拳銃は1934年に日本陸軍によって正式採用された中型オートマチック拳銃である。1945年までに71,000丁が生産された。命中精度が高く、メンテナンス性に優れていた反面、安全性に問題があり、「自殺ピストル」とと呼ばれる。モデルガンではタナカワークス、HWSがダミーカート仕様で販売してる。

 

九四式拳銃(実銃)

 

 

性能

全長 187mm
重量 720g
口径 8mm
装弾数 6+1発
設計・開発 南部銃製造所

 

背景から開発まで

 1930年前後になると日本と中国の間は険悪なムードになっていった。この様な状況の中、陸軍将校は護身用として拳銃を所持していたが、これらは官品ではなく自費で購入したものがほとんどであった。このため外国製の銃が多く、口径もまちまちでることが問題となっていた。日本の国産拳銃も二十六年式拳銃や南部式小型拳銃、南部14年式拳銃はあったが、二十六年式拳銃は旧式のリボルバー、南部式小型拳銃の7mm弾は威力が弱すぎであり、14年式は大型に過ぎた。このため陸軍は将校用の拳銃の開発する必要性に迫られた。

 

開発

 開発はすでに拳銃開発では実績のある南部銃製造所に白羽の矢が立った。設計の要点は14年式と同じ8价討鮖藩僂垢襪海函同時に14年式よりも軽量化することが求められた。これは単なる小型化では対応できなかったため、全く新規に設計を行うこととなった。

 設計は、1929年に始まり、1934年12月12日に九四式拳銃として制式採用、1935年から生産に入った。名称の「九四」とは皇紀2594年の下二桁を取ったもので、それまで元号から命名されていた二十六年式(明治26年)、十四年式(大正14年)等と異なった命名基準となった。1932年には海軍青年将校のクーデター未遂事件である五・一五事件、1935年には岡田啓介内閣による国体明徴声明、1936年には陸軍青年将校による二・二六事件等、時代背景を考えると興味深い。

 機構はショートリコイル方式で内蔵されたハンマーによってファイアリングピンを叩き発火するという発射方式を採用した。ショートリコイルというのは主に大口径拳銃に採用される方式で、反動を利用したストレートブローバックの改良型である。ストレートブローバックは単にカートリッジの反動で自動装填を行うが、カートリッジの威力が強力になると反動が強くなりすぎる。このためバレルを少しだけ後退させ、反動にタイムラグをつけることにより反動を柔らかくするという方式である。

 ハンマー先端にはローラーが付いており、スライドの後退によってハンマーが摩耗することを防ぐ独自の工夫がなされている。スライドとフレームは現在の一般的なハンドガンとは異なり、CZ75やSIGP210のようにフレームがスライドを包み込む方式を採用している。これは当時の日本の工作技術が未熟だったためと言われているが、命中精度の向上には貢献した。しかし同時に将来のカートリッジが大型化には対応できないという拡張性の低さもあった。

 外観は、トップヘビーでグリップは小さいという非常にバランスの悪い形ではあり、実際に重量バランスは劣悪である。これは当時、日本軍将校の間で人気があったブローニングM1910のグリップサイズをそのまま移植し、同時にM1910よりも強力なカートリッジを使用するために発射機構が大型化したためであったと言われている(M1910は32口径ストレートブローバックである)。

 外観の複雑さとは異なり、構造はシンプルであり、部品点数が少ないのも特徴の一つである。このため容易に製造することができ、メンテナンス性も高かった。

 

欠陥

02_九四式拳銃
(画像はwikipediaより転載)

 

 最大の欠点は暴発しやすいことである。これはトリガーの力をハンマーへ送るシアーが外部に露出していることが一番の理由である。外部に露出したシアーが何かの力で押されるとハンマーが落ち、弾丸が発射されてしまうためである。一応、安全装置もあるが、これもシアーを外部から固定するのみであり、安全装置をかけたまま引き金を引くことが出来る。これをやってしまうと安全装置を外した途端にシアーが作動し、ハンマーが落ちて弾丸が発射されてしまうという構造上の欠点がある。(上掲の動画2'36"頃にシアーを押し弾丸を発射している)。

 マガジンキャッチも問題を抱えている。このマガジンキャッチは利便性を考慮して突出している。このため銃の左面を硬い平面に置いたり、ホルスターから出し入れする際にも作動してしまい、マガジンが抜け落ちてしまうことがある。他にもハンマーの力をカーリッジのプライマーに伝えるピンの強度が弱く破損しやすかったり、サイトが小さ過ぎて照準がしにくいという問題もあった。

 本銃に限ったことではないが、太平洋戦争後半になるにしたがって品質は低下していった。特に1945年3月から6月までの最末期の製品の品質は最低であった。検査印の無いパーツや廃棄された九四式拳銃から再利用されたと思われるパーツも存在する。

 

生産期間と生産数

 1935年から1945年6月までに合計約71,000丁が製造された。7月以降の製造日を示す個体は発見されていない。シリアルナンバーがない個体もあるので正確な生産数は不明である。

 

九四式拳銃(トイガン)

 トイガンではガスガンが発売されていなくてモデルガンはHWSから発売されている。中田商店とADVEN、六研が無可動のいわゆる「文鎮モデル」を発売していた。中田製の製品は発売年も古く、ディテールもかなり大雑把であったが、1998年に発売された六研ヴィンテージコレクションの九四式拳銃はABS製で重量は300g、非常に精密に再現されていた。

 他には頑住吉がプラスチック製のダミーカートモデルを発売している。初代モデルは内部構造の再現が比較的精巧であるが、二代目モデルは内部構造は全くのオリジナルで代わりに自動排莢のギミックが備わっている。マガジンは抜けないので単発であるが、マルシン製のモデルガン用8mmカートリッジを装填することができる。どれも現在は販売されていない。

ハートフォード 九四式自動拳銃 中期型

 九四式拳銃のトイガンで完成度が高いのは2010年10月にHWSから発売されたダミーカートモデルである。全長は実物同様187mmで重量はカートリッジ装填時で530g、ABS製でダミーカートが6発付属する。

 

タナカ 九四式自動拳銃 前期型

 九四式拳銃はモデルガンの老舗であるタナカワークスからも発売されている。HWS同様にダミーカートモデルでHW製。重量600g、ダミーカートが付属する。HWSのパーツと互換性があることから同じ金型を使用しているようである。

 

まとめ

 

 九四式拳銃は、十四年式拳銃で使用している8mm弾を使用できる中型拳銃として開発されたが、あまりにも独自の設計のため欠陥が多くあった。最大の欠陥は「暴発」でコック&ロックの状態で保持するのは自殺行為に等しい。このため自殺ピストル(suicide special)というあだ名が付けられた。しかし命中精度は高く、グリップは日本人の手に良くフィットする上にシンプルな構造はメンテナンス性に優れていた。

 


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