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300px-IJN_supply_ship_MAMIYA_around_1930 昨日、久しぶりに酒を飲みました。酒を飲むとダメですねー。どうしても自制心が無くなり過食になってしまうのですね。飲んだ酒は180mlだけだったんだけど、その後の食事は過食気味になり体重は1坩幣絨貽で増えてしまった。結構ショックな訳ですが、人間時には休息も必要。酒を飲んだりおいしいものを食べたりすることも大切なのです。そこで今日紹介するのは給糧艦『間宮』。この船何?という方もいらっしゃるかもしれない。そこで以下、間宮について調べてみた。(画像はwikipediaより転載)


性能
排水量 基準 15,820トン
全長 130メートル
全幅: 19.9メートル
喫水部幅:18.8メートル
吃水
機関 主機:レシプロエンジン1基1軸 10,000馬力
主缶:ロ号艦本式缶8基
最大速 14ノット
搭載燃料 石炭3,350トン、重油2,100トン
航続距離 14ノットで6,000海里
乗員
兵装 14cm砲2門、
8cm高角砲2門(平時は陸上保管)
その他 18,000人の3週間分の食料補給、艦内での加工食品の製造など
(wikipediaより転載)

概要
 八八艦隊計画内で能登呂型給油艦の1艦として予算が成立したが、海軍の強い要望で連合艦隊随伴用の給糧艦が1隻、その予算で建造された。それが本艦である。船体は商船構造とし、設計は川崎造船所に委託。建造も同所で行われ1924年(大正13年)7月15日に竣工した。同日呉鎮守府籍となる。
 設計は同社がかつて手がけた大阪商船の北米航路向け貨客船「はわい丸」の設計を手直ししたものであり、就役当時は世界最大の給糧艦であった。大正時代後期の一時期だが、帝国海軍の軍船としては珍しく平仮名で、艦首両舷に艦名「まみや」と書かれていたとされる。

食料供給能力
 本艦は食料貯蔵および製造設備を持ち平時には艦隊への、戦時には戦地への食料補給が期待された。
艦内の最新式の巨大な冷蔵庫・冷凍庫設備で肉、魚、野菜など18,000人の3週間分の食料を貯蔵できた。寄港先現地での調達も行い、屠殺製肉設備もあったため、牛馬を生きたまま積み込んだのちに食肉加工し、保存しておくことも可能だった。またパンなどの一般的な食料だけではなく、アイスクリーム、ラムネ、最中、饅頭などの嗜好品からこんにゃく、豆腐、油揚げ、麩などの日本固有の食品まで多くの加工食品が製造でき、これらの製造のために艦内には部屋ごとに分かれたキッチンが多数あり、それぞれに腕の立つ専門の職人が乗船し、軍属として働いていた。軍属としての職人らの待遇は良かったとされている。
 本艦が入港すると新鮮な食料が各艦に補給されるため、艦隊の酒保として非常に人気のある艦だったという。艦内で製造される羊羹は「間宮羊羹」として人気が高く、老舗羊羹店が海軍に納入した羊羹を裁くのに苦労した、などの話が伝わる。

運用
 その性質上、巡航速度が非常に低速であったため、大艦隊に随伴せず単独に近い航行が多かったが、「間宮」の沈没は前線の将兵の士気に多大な影響を与えることから、駆逐艦も厳重に護衛を行ったとされる。本艦にも武装設備がささやかながら備わっていたが、平時は砲台のみが設置されており、砲本体は取り外し、陸上に保管することで食料等の搭載量を増やす運用を行っていった。
 食糧補給以外にも訓練時に曳航標的船を搭載したり、無線監査艦を務めたり、分解した水上偵察機などの軍事物資の輸送や病院船としての役割を行うこともあった。また、クリーニング設備や強力な無線通信設備も搭載していた。
 泊地に停泊中に、当艦の美味なる食料供給能力を利用し、士官室を使用して海軍兵学校同窓会の会場として使用されたこともある。
 戦前では日本海軍内でほぼ唯一の給糧艦だったため、修理、整備以外の全ての期間で連合艦隊の付属として食糧の補給任務に従事した。大戦中も各地への食糧輸送に活躍したが、1943年(昭和18年)10月には父島沖でアメリカ潜水艦「セロ」(SS-225) の、翌年5月には東シナ海でアメリカ潜水艦「スピアフィッシュ」 (SS-190) の雷撃を受け損傷しているが、幸運にも大被害には至っていない。
 1944年(昭和19年)12月20日にサイゴンからマニラ方面へ糧食輸送に従事中に海南島東方の南シナ海でアメリカ潜水艦「シーライオン」 (SS-315) の雷撃を受けて戦没した。
戦後、慰霊碑が呉市の長迫公園に建てられた。
(wikipediaより一部転載)


 結構、危ない目に遭っているが何とか戦争後期まで生き残ったが残念なことに1944年12月に潜水艦から雷撃を受け撃沈されてしまった。まさに補助艦艇中の補助艦艇、生粋の後方支援艦の間宮だけど、排水量と全長は戦艦三笠に匹敵する大型艦なのだ。ただ幅は3m程狭く、速度は4ノット程低い。三笠に乗ってみると判るけど意外に1万5000トン、130mの艦って小さいんだよね。あの大きさに上記の設備があったのかぁ・・・。等と思いつつ動画を観てみよう。


 さらに詳しい情報を知りたい方はこちら(wikipedia)





 必死で探した結果、一本だけ動画が出てきた。あとは『艦これ』動画になってしまう・・・。この間宮、艦内に大量の食糧を貯蔵し中の厨房で調理することも可能であった。その備蓄は18000人の三週間の食糧を貯蔵できたと言われている。特に食べることが大好きな皆さんにとってこの間宮は重要な軍艦であることは間違いない。以下のリンクをクリックして自宅に間宮を常備しておこう。今後、大きな災害もいつ起こるかも分らない。非常持ち出し袋の中には常に入れておきたい軍艦である。


1/700 日本海軍 給糧艦 間宮 1944年 (最終時)



商品の説明
 話題の海戦ゲームに登場する艦が早くも登場です。「間宮」は大正12年度計画で建造された日本海軍初の給糧艦です。冷蔵、冷凍設備を備えた本格的な糧食補給艦で、ステーキからアイスクリーム、羊羹まで作ることが出来る世界でも有数の万能給糧艦です。大正13年に就役してから昭和19年に被雷沈没するまで、休む間もなく稼働し、最も海軍に貢献しました。W163「間宮 就役時」とW166「間宮 1944」との違いは、

1.後部マストが一脚から三脚に。
2.25mm連装、3連装機銃を各2基づつ、艦橋天上部と後部デリック前に装備。
3.舷外電路が追加装備されています。

キットでは、その違いを忠実に再現しました。また、「間宮」は時には水偵の輸送にも従事したため、5機種の水偵 (90式・94式・95式水偵、零式水偵三座、零式水偵) がおまけとして付属します。フルハルモデル。

[セット内容]90式・94式・95式水偵。零式水偵三座。零式水偵。
(amazonより転載)


レビューサイトのリンク
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