不定期更新です。 更新は気分次第でーす(^_-)

300px-A_prototype_of_J7W_Shinden 今日、紹介するのは十八試局戦震電なのだ。震電は実戦に配備されることは無かったが、完成はしていた。何と震電が飛行している動画もあるのだ。この震電、完成していれば戦局を覆すことは出来なかっただろうが、B-29搭乗員を恐怖せしめるには十分な性能であったようだ。今日は、この震電についてみてみよう。(画像はwikipediaより転載)


性能
全長 9.76m
全幅 11.114m
全高 3.55m
主翼面積 20.50m2
重量
空虚 3,525kg
運用 4,950kg
最大離陸 5,272kg
滑走距離
離陸 560m
着陸 580m
動力
エンジン 三菱重工業製 ハ-43-42(MK9D改)星形複列18気筒(燃料噴射式・延長軸・強制空冷・フルカン接手過給機)
出力 2130HP 1590kW
性能(計画値)
最大速度 750km/h
高度8,700m時
巡航速度 425km/h
航続距離 1000〜2000km(装備によって変化)
実用上昇限度 12000m
上昇率 750m/min
武装
機関銃 五式 30mm 固定機銃一型乙(機銃一門あたり弾丸60発携行、発射速度は毎秒6発から9発) ×4 訓練用 7.9mm 固定機銃×2 写真銃×1 爆弾 60kg×4 30 kg×4 いずれか or 混載
(wikipediaより転載)

概要

 震電(しんでん)は第二次世界大戦末期、日本海軍が開発していた単発単座の試作局地戦闘機である。機体後部にプロペラ、機首付近に小翼を配した独特の機体形状は“前翼型(他にも先尾翼型、エンテ型などの呼称があるが本項では便宜上「前翼型」の表現に統一する)”と呼ばれるもので、B-29迎撃の切り札として期待された秋水のバックアップ的な意味で開発が進められていた。1945年(昭和20年)6月に試作機が完成、同年8月に数度の試験飛行を行った所で終戦。実戦には間に合わなかった。略符号はJ7W1。

 当時、液冷エンジンの量産や排気タービンといった高高度飛行に不可欠な工業生産力や技術を欠いていた日本は、高度10,000mをおよそ570km/hで進攻してくるアメリカ軍のボーイングB-29爆撃機を迎撃できる戦闘機を多く持っていなかった。またB-29に対しては、従来以上の重武装で臨まないと撃墜には至らないことも判明していたが、前部にエンジンとプロペラのある単発単座戦闘機では、それだけの重武装が配せなかった。切り札として最有力だったのはドイツのロケット戦闘機メッサーシュミットMe163の国産化であったが、後部にエンジンとプロペラ、前部に重武装を配備し、最大速度400ノット(約740km/h)以上を目標として開発された震電もまたその「代機」として位置づけられた。
 実戦での戦術としては、震電の快速を活かしB-29の前方に展開、高度12,000mから30mm機銃4門を斉射。更に速力差を活かし再びB-29の前方に進出、2度目の攻撃を行うという手法が計画されていた。
(wikipediaより一部転載)

 さらに詳しい情報を知りたい方はこちら(wikipedia)
















 最高速度750km、30ミリ機銃4門という重武装。実戦配備されていれば戦局に大きな影響を与えたと言いたいが、実際、前翼式・推進式プロペラは安定性に相当問題があるようだ。wikipediaによるとコンピューターのシミュレーションでもうまくいかないようである。残念・・・。しかし残念がるのはまだ早い。この震電、数千円で完成させることが出来るのだ。以下のリンクをクリックすることで震電の無念を晴らしてみよう。


1/48 九州 J7W1 局地戦闘機 震電 #JT22



商品説明
 震電は、重爆撃機迎撃用に開発された日本で最初の前翼式戦闘機です。この方式では、機体内部空間が有効に使え、胴体寸法を小さくすることができます。前翼は揚力を発生できるので主翼も小さくなり、そのため機体重量や抵抗の面で極めて有効で、高速戦闘機の開発に多くの利点を持っています。また、機首に大口径機銃を集中装備できることも大きな特徴です。大きな期待をかけられた震電ですが実戦には間に合わず、試作1号機が3回にわたり45分間飛行したところで終戦となりました。



製作レビュー

南行HAL総研・別館
たてがみ屋第2造船工廠
造形村
プラモデル クラブ&コミュニティーの クラフト・モデル・チーム
プラモ初心者が作る造形村 震電
プラモ野郎K-TEAM



↑良かったらクリックして下さい。




トラックバック