03_ワルサーPP
(画像はwikipediaより転載)

 

 ワルサーPPは、1929年に完成した傑作オートであり、その機構は革命的ともいえるものであった。PPKはショートモデルでこれらをベースに大口径化したのが名銃ワルサーP38である。ワルサーPPKは、007でジェームズボンドが使用していたことで有名な銃である。

 

ワルサーPP(実銃)

 

 

性能(380ACPモデル)

全長 155mm
重量 665g
口径 9mm
使用弾薬 380ACP
装弾数 7+1発
設計・開発 ワルサー社

 

背景から開発まで

 1886年、カール・ワルサーは、ドイツ中東部のチューリンゲンに小さな鉄砲店を開いた。この地方は古くから銃器の生産が盛んな地域であった。ここでカール・ワルサーは本格的な拳銃の開発に乗り出すことになる。カール・ワルサー社が最初に開発した拳銃は1909年に完成したモデル1と呼ばれる自動拳銃で、その後、モデル9まで発売される。そしてその次に開発されたのがワルサーPPと呼ばれる自動拳銃であった。

 

開発

02_ワルサーPP
(画像はwikipediaより転載)

 

 1929年、ワルサー社は世界初のダブルアクション機能を搭載した自動拳銃を開発した。1931年にはスライドとフレームを短縮したPPKモデルが発売、されたのは1931年で警察からドイツ国防軍、ゲシュタポ等に広く採用された。ストレートブローバック、デコッキング機能、チャンバーインジケーターを持つ革新的な機構であり、これらの機構は現在においても多くの銃器に継承されている。デザインはソビエトの中型オートマカロフにも影響を与えている。

 戦後、ドイツでは銃器の製造が禁止されたため、ワルサー社はフランスのマニューリン社にPP、PPKの製造許可を与えた。この契約は1986年に失効している。その他ライセンス生産では、1978年米国レンジャーマニファクチャリングが米国で初めて製造。1983年にはアラバマ州のエムコが製造ライセンスを取得、1999年まで製造を続けた。その後、2001年(2007年とも)からはS&Wが製造ライセンスを取得、2012年まで製造を続けた。2013年、ワルサーUSAが設立され、ドイツ製ワルサーPPが輸入されている。最近は、シグ・ザウエルP230に変更されたようだが、日本の警察、皇宮警察でも使用されていたようだ。ステンレスモデルは米国製のみ。

 

バリエーション

 PPK/Sは、1968年の米国への小型拳銃の輸入規制である1968年銃規制法にPPは該当したためPPKのスライド、バレルをPPに装着したモデルで、PPK-Lは、フレームにアルミニウム合金を採用したモデルである。銃のコントロールが難しくなるため22LR仕様と7.65mm仕様のみ製造された。PPK/EはハンガリーのFEG社が製造したもので22LR、7.65mm弾、380ACP弾モデルがある。

 

〜1945年までのPP(PPK)のバリエーション

01_ワルサーPP
(画像はwikipediaより転載)

 

1929〜1930年まで初期モデルであるPPラージハンマーモデルは7.65mm口径で装弾数8発。約5,000挺生産されている。

1930年には同じく7.65mmの初期生産型が1934年まで約30,000挺生産されている(装弾数8発)。 1931〜1932年までPPK初期モデルが生産された。7.65mm口径で装弾数7発。約20,000挺生産されている。

1932年からマガジンキャッチをグリップ下部に移動させ、380ACP弾仕様にした初期ボトムマガジンキャッチモデルが1934年まで生産され、PPが約2,000挺、PPKが約1,000挺生産されている(PPは装弾数8発、PPK7発)。

1933年から1934年まで口径7.65mm装弾数7発のPPK RZMモデルが約3,500挺生産されている。

1934年には民間向けのコマーシャルモデルが発売される。口径は7.65mmでPPは装弾数8発、PPKは7発。1940年までにPPが約150,000挺、PPKが約100,000挺が生産された。

1935年からワルサーPP NSKKモデルが発売、口径は7.65mm装弾数8発。1936年まで製造が続けられ約6,000挺が生産された。

1935〜1937年までPPKパーティリーダー(党首)モデルが生産されている。7.65mm口径装弾数7発。約5,000挺生産された。

1940年からはPPボトムマガジンキャッチモデルの生産を開始、380ACP仕様で装弾数7発(PPKは6発)、1942年までにPPが約10,000挺、PPKが約2,000挺製造された。

1940年から後期モデルが生産を開始、1944年までにPPが約165,000挺、PPKが約90,000挺生産された。7.65mmで装弾数8発(PPKは7発)。

1942〜1944年までフレームをアルミニウム製にしたデュアルフレームモデルが生産開始。7.65mm口径で装弾数8発(PPは7発)、PPが約8,000挺、PPKが約6,000挺生産された。

1944〜1945年までACマークモデル(ACはワルサー社を表すコード)が生産される。7.65mm口径で装弾数8発(PPKは7発)。

 

ワルサーPP(PPK)(トイガン)

 

概要

 1964年にMGCがモデルガンでPPKを発売している(1型)。これは安全装置の作動が実物と逆であった。さらに1967年にはこの作動を実銃と同じにした所謂2型が発売、1970年には3型が発売されている。これらはタニオアクションと呼ばれるものであった。1968年にはマルゴー製PPKが発売されているがこれはMGCのコピーである。このMGCのPPKはハドソン、KKS等にもコピーされている。CMC製のPPKは1974年、マルシン製は1973年に発売されている。現在でも入手可能なモデルはマルシン製のみである。

 エアガンに関しては、マルシン製のエアコキが80年代に販売されていた。他にもエアコキが数社から発売されている。ガスガンは、マルシン製は固定スライドモデル、マルゼン製のガスブロのみである。このマルゼン製PPKはガスガンの傑作のひとつであろう。固定スライド時代から命中精度とコスパで評判が良かった。さらにガスブロになっても悪い噂は聞かない。さらに東京マルイからニュー銀ダンエアガンとして発売されている。パワーは弱いが面白いエアガンである。

 

まとめ

 

  PPKのデザインは80年前とは思えないほどシンプルで「新しい」。最近ではシグ・ザウエルP230に人気が移っているようだが、基本性能はPPKもそれほどは劣ってはいない。ちょっと小さいし。これからも実用品として生き続ける銃であろう。

 最後にちょっと余談であるが、私も昔、マルシン製のエアコキワルサーPPKを持っていた。当時のエアコキはどうしてもスライドを押して空気を圧縮するタイプが多かったが、マルシンのPPKはスライドを引いて空気を圧縮するタイプだったのだ。これが気に入って購入した。これが購入してみると、この所有感とでもいおうか、何とも言えない愛着が湧いてしまった。性能はお話しにならない。。。が好きだったのだ。

 

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