2019年06月

艦上戦闘機烈風 〜究極の空力特性を持った革命機〜

(画像はwikipediaより転載)  烈風は零戦の後継機であるが、開発に紆余曲折があり、試作機が7機のみ完成したに過ぎない。しかし最高速度627km/h、空戦性能も高く、操縦も比較的容易という当時の日本の航空機では卓越した高性能を発揮した機体であった。早期に実戦配備され …
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 石井静夫は、福岡県出身で昭和16年4月〜昭和18年10月までと2年半の間、台南空、隼鷹戦闘機隊等で活躍、日中戦争で3機、太平洋戦争で26機撃墜した搭乗員である。操練50期だと大体初陣は太平洋戦争なのであるが、この石井静夫は中国戦線が初陣である。太平洋戦争開戦前までに …
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水上偵察機紫雲 〜二重反転プロペラの高速水偵〜

(画像はwikipediaより転載)  紫雲は潜水艦隊旗艦用巡洋艦として建造された大淀に搭載するために製作された高速水偵で生産数はわずか15機のみであったが、二重反転プロペラを始めとする画期的な技術を採用した水偵で、当時の水上機では最高レベルの性能を持っていた機体で …
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 石原進は甲飛3期出身で総撃墜数は16機とも30機ともいわれている。日中戦争、太平洋戦争に参加して戦後は航空自衛隊のパイロットとなったが事故により殉職した。 日本海軍戦闘機隊のエースとは 概要  大正10年愛知県生まれ。昭和13年10月甲飛3期生として予科練に入隊 …
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艦上偵察機彩雲 〜世界最高の航続距離を実現した俊足艦偵〜

(画像はwikipediaより転載)  彩雲は太平洋戦争開戦後に開発が始まった高速偵察機であった。試作機は最高速度653km/h、戦後アメリカで高オクタン価の燃料で試験した結果は694km/hと当時の航空機としては抜群の高速性能を発揮したが、主に活躍したのが戦争後半であったため …
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 乙飛5期といえば太平洋戦争で中核となった予科練のクラスだ。中瀬正幸(18機撃墜)、吉野俐(15機撃墜)、山下佐平(13機撃墜)、角田和男(13機撃墜)等、多くのエースを輩出したクラスだ。その分、消耗も激しかった。乙飛5期戦闘機専修17名中、太平洋戦争を生き抜いたの …
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零式艦上戦闘機 〜各型の特徴と生産数〜 

目次<概要>11型21型32型22型52型/53型丙62/63型54型丙零式練戦11型/22型生産数  <概要>  昭和12年10月5日、三菱と中島に十二試艦上戦闘機計画要求書が交付。これに対して中島飛行機は辞退、三菱は昭和13年4月10日、海軍に「A6M1計画説明書」を提出した。昭和14年3月 …
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 この大原亮治氏は丙飛4期出身。丙飛4期とは太平洋戦争開戦後に卒業したクラスだ。つまり卒業後、いきなり練度の高い米軍航空隊と戦わなければならないという非常に厳しい状況に置かれていた。ただ、この丙飛4期はまだ初戦期であったせいか後半に比べればまともな訓練を受け …
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岩本徹三少尉 〜ズルくても墜とせばいい。孤高の零戦虎徹〜

(画像はwikipediaより転載)  岩本徹三少尉は、太平洋戦争の海軍戦闘機搭乗員で最も有名であるといっていい。大言壮語型の人間で腕は超一流、日中戦争から太平洋戦争をほぼ第一線で戦い抜き終戦を迎えた。総撃墜数は216機と自称しているというが、実際は80機ともいう。撃墜 …
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水上偵察機瑞雲 〜当時の水準を凌駕した高速重武装水偵〜

(画像はwikipediaより転載)  水上偵察機瑞雲は偵察機と区分されているものの、急降下爆撃もできる上にフロート付きの水上機としては驚異的は最高速度442km/hを発揮する当時の水上機の性能を凌駕した高性能機であった。太平洋戦争初期に活躍した九九式艦爆11型の最高速度が …
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武藤金義少尉 〜妻を愛した空の宮本武蔵〜

(画像はwikipediaより転載)  武藤金義少尉は、撃墜王の坂井三郎をして「日本海軍で最も強靭な戦闘機乗りだった」と言わしめた男である。横須賀航空隊にいた当時、F6Fヘルキャット12機編隊に単機で突入し、みんなの観ている前で4機を撃墜したという逸話を持つ。この光景を …
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超大型飛行艇 蒼空 〜観音扉を持つ先進的木製輸送機〜

(画像は二式大艇 wikipediaより転載)  蒼空は名前が示す通り、海軍の輸送飛行艇である。昭和19年に計画され20年末に完成予定であったが、戦局の悪化と物資不足のために開発は中止された。森林資源に恵まれた日本の国情に合わせて全木製とする画期的な飛行艇であった。 …
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 仲道渉飛曹長とは丙飛4期という戦中に不十分訓練しか受けられなかった世代の搭乗員で未熟な状態で激烈な航空戦が展開されているラバウルに送りこまれた。そして無事生還しただけでなく、20機もの撃墜を報告した稀有な搭乗員である。 日本海軍戦闘機隊のエースとは 略歴 …
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二式大型飛行艇 〜世界最強の空中巡洋艦〜

1998年船の科学館にて撮影  二式大型飛行艇、通称二式大艇は太平洋戦争当時、世界最高性能の飛行艇であった。離水する時に発生するポーポイズ現象(水面をぴょんぴょん跳ねて水面に突っ込んでしまう現象)という問題はあったが、速度、航続距離などどれをとっても世界一の …
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 撃墜72機といわれる謎の多い撃墜王である。私が現段階で調べた結果が以下のものだ。 日本海軍戦闘機隊のエースとは  生年月日不明である。大正9年前後生まれ。乙種予科練7期生なので、昭和11年6月予科練7期生として海軍に入隊したと推定される(但し、昭和10年とする …
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潜水艦から発進する兵器 〜日本の潜水艦は何でも積める〜

(画像はwikipediaより転載)  日本海軍の潜水艦にはいろいろなものが搭載できる。これは前回ブログを書いていて気付いたことである。では日本軍の潜水艦には具体的にどのようなものが搭載された、若しくは搭載予定だったのだろうか。今回は趣向を変えて日本軍の潜水艦搭載 …
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岡部健二少尉 〜艦隊防空戦闘のエース〜

(画像はwikipediaより転載) 日本海軍戦闘機隊のエースとは  著名なエース坂井三郎と同期の母艦戦闘機隊のエースである。戦争後半の同調圧力の中で特攻作戦に強硬に反対した気骨のある搭乗員だ。撃墜数は15機とも、また50機ともいわれる。実際のところは不明であるが、操 …
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零式観測機 〜帝国海軍最強の複葉機〜

(画像はwikipediaより転載) <性能> 全長9.5m 全幅11m 全高4m 全備重量2.550kg 最高速度370km/h 航続距離1070km 武装7.7mm固定機銃2門、7.7mm旋回銃1門  零式観測機とは艦砲の弾着観測専用に開発された航空機で全金属製の最後の複葉機である。太平洋戦争は主力艦同士の …
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坂井三郎少尉 〜航空撃滅戦の勇者〜

(画像はwikipediaより転載)  日本でもっとも有名な撃墜王。大空のサムライこと坂井三郎である。坂井は海兵団から操縦練習生を経て最終階級は少尉、戦後に何だか分らない昇進で中尉となったという正真正銘の叩き上げ軍人で、昭和18年、大村航空隊教員時代に多撃墜搭乗員と …
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水上攻撃機晴嵐 〜零戦50機分の高性能機〜

(画像はwikipediaより転載)  晴嵐は太平洋戦争後期に開発された日本海軍で唯一の水上攻撃機である。攻撃機とは水平爆撃と共に雷撃ができる機種のことで、爆撃のみの機種は爆撃機と呼称された。水上攻撃機とは水上、すなわちフロートを持つ水上機であり、なおかつ雷撃が可 …
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小町定飛曹長 〜部下に愛された敏腕搭乗員〜

(画像はwikipediaより転載)  今日、紹介するのは日本海軍航空隊撃墜王小町定である。小町氏は1920年生まれ、操縦練習生49期を修了後、空母翔鶴に配属される。日中戦争には参加しておらず、初陣は真珠湾攻撃であった。基本的に母艦搭乗員は特に優秀な隊員が配属されるとい …
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零式小型水偵 〜世界で唯一の米本土を爆撃した英雄〜

(画像はwikipediaより転載)  零式小型水偵とは、潜水艦に搭載された小型偵察機である。世界で唯一米本土を爆撃した航空機でもある。この零式小型水偵は、昭和11年6月5日、性能標準が軍令部から海軍省に示されたことから始まった。  昭和12年、第三次補充計画で潜水艦の …
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搭乗員とコックリさん

 コックリさんは知っているだろうか。私が子供の頃、定期的にコックリさんが流行った。いろいろな方法があるようだが私の子供の頃はコインを使っていたと思う。私と同世代だったら一回はやったことがあると思う。コックリさんとはどういうものだったか思い出せない人(私 …
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潜水艦による米本土爆撃特集

倉田耕一『アメリカ本土を爆撃した男』  零式小型水偵で米本土を爆撃した搭乗員、藤田信雄中尉について書かれた本。戦後のことが中心。私の知る限りでは米本土爆撃について書かれた一番新しい本。藤田氏は戦後、米国に呼ばれ決死の覚悟で行くが、思いがけない大歓迎に感 …
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日本海軍戦闘機隊のエースとは

(画像は岩本徹三少尉 wikipediaより転載) エースとは・・・  まず基本的なところから押えておきたい。「そもそもエースってよく聞く言葉だけど、そもそも何?」まずはそこら辺からはじめてみよう。  エース・パイロット(米・英:Flying Ace フライング・エース、仏:A …
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局地戦闘機震電 〜海軍期待の高性能異端機〜

(画像はwikipediaより転載)  震電は、戦争後半に計画され終戦間際に初飛行をした局地戦闘機で、当時は世界でも珍しいエンテ型(前翼式)戦闘機である。前翼式とは機体前部に小さい前翼をつけ、機体後部に主翼を配置し、エンジンを機体後方に配置するという構造である。 …
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西沢広義中尉 〜太平洋最強の撃墜王〜

(画像はwikipediaより転載) 日本海軍戦闘機隊のエースとは  西澤は、大正9年長野県に生まれる。昭和9年3月、高等小学校を卒業すると製糸工場に勤める。昭和11年6月、第7期予科練習生として海軍に入隊。昭和13年8月、霞ヶ浦空で飛行練習生、昭和14年3月〜6月まで大分航空 …
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