ミニマム情報戦記

ブログタイトルは思い付きでちょいちょい変わります。 でもここら辺でタイトル固定かなぁ。。。 銃&ミリタリーがメイン。 最近は軍事書籍の書評が多いみたい・・・。よいと思ったら拍手してね!それだけが心の支え・・・。

2016年08月

登山してきました!

20160811小仏城山山頂 前回、高尾山に登ってきたことを報告したけど、その翌日、さらにまた高尾山に登頂してきた。前回は短パンにTシャツという山を完全に舐めきった山に対して非常に失礼な服装で行き、その次の回、そして今回と全く同じ服装で登ってきたのだった。


 しかし二回目からはポンチョを持って行った。因みに私が山に登り続けるのは自然に触れ合いたいからではない。まあ、それもあるけど、要するに私の登山はトレーニングなのだ。そう、体力のトレーニング、格闘技の身体バランスのトレーニング等を同時に効率的にやるためには山登りが非常に有効なのだ。


20160811一丁平 山登りといっても富士山や北岳等の強烈な山に登ってはあまり意味が無い。それは体力錬成にはなるが、バランスや山岳での動きを想定したトレーニングにはあまり有効ではない。というよりそこまでする必要はないのだ。高尾山で十分。というより東京に住んでいる人にとって、トレーニングには高尾山が理想的だ。


 どう理想的なのかというと、まず、交通費がかからない。私の最寄駅からは200円ちょっとだ。そして登山路が起伏に富んでいるのでバランスのトレーニングになる。足場が悪くないと身体バランスのトレーニングにはならないから。さらに人がいる。人がいるというのは非常に大切。人の気配や動きを感じ取るトレーニングができるからだ。


20160811一丁平 そしてもっとも大切なのは、高尾山は安全なのだ。登山路をはずれない限り危険はない。夜になっても雨が降っても問題ない。登山路に沿って歩いて行けば必ず下山できる。最悪、山頂に行けば建物があるのでそこに避難することもできる。


 そしてトイレや水、さらには自動販売機まで完備されているという至れり尽くせりの環境なのだ。当然、トレーニングをしている人も多い。昔から信仰の山なので幽霊も出ない!(知らないけど)あらゆる面で理想的なトレーニング場所が高尾山なのだ。


 ただしエアガンやその他登山客に迷惑、もしくは不快な思いをさせるものは持ち込まないようにしよう。それが我々ミリタリーファンのルールだ。高尾でのトレーニングにはガスガン等はいらない。私は高尾山では身体のトレーニング、感覚のトレーニングをメインにやっている。



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サラリーマンって何?

300px-DA-ST-85-12848 ミリタリーとはあまり関係のない話になってしまうが、先日、「サラリーマン」の定義について調べていた。定義は下記のようなものになるらしい。それはそうとサラリーマンを検索中に、死んだ魚のような目をして電車に乗っているサラリーマンという偏見いっぱいの価値観に対して反論しているブログを見つけた。(画像は偏見を持つ人を探しに行く兵士たち wikipediaより転載)


 本当はリンクを貼りたいんだけど、ネットの世界ではリンクを無断で貼ってはいけないらしい。いちいち承諾を得るのも面倒なのでリンクは貼らないが、内容は「電車では死んだ魚の目をしていても一日中そうな訳じゃない、そもそもキラキラした目で電車に乗っている奴の方がやばいだろ」というような内容であった。


 ああ、これは私の意訳なので、執筆者はもっときちんとした意見を書いている。読んでいて「そりゃそーだ」と思ってしまった。残念ながら私はサラリーマンではないので(上記の定義には当てはまらない)、ブログ執筆者の意見全てに賛成という訳ではないが、私の周りのサラリーマンはみんなそれなりに楽しそうだ。


 まあ、雇用条件等々は別とすれば仕事自体はみんな楽しくやっているのではないかなと思う。『魔法少女まどか☆マギカ』ではないが、与えられた仕事をこなすのに充実感を感じる人はいっぱいいるしいていいのだ。みんなが夢を追いかけるというのは結構な異常事態だと思う。


 サラリーマンは絶対に辛くてつまらない仕事を死んだ目でやってる訳でもないし、かといって学生がキラキラした目でサークル活動をやっている訳でもない。サラリーマンにならなかった人が毎日バラ色の人生を送っている訳でもない。


 単純に人によって違うのだ。「仕事がこうだから」とか「傍目にはそう見えるから」とかで人や仕事を判断しているのが問題だと思う。要するに「サラリーマンはダメだ」とか、「学生だから甘ったれている」等、一人ひとりが違うことを無視し、一括化してレッテルを貼るという行為が良く無いのだ。


 因みにこれは心理学では「外集団均一性認知」というらしい。人間の頭はこうやって作業を簡略化しているらしい。一番大切なのはどういう環境であろうが自分自身が充実していることだ。自分が楽しければ周りの人がどうのこうのということは言わないはずだ。これが一番大事。



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書評 清水多吉『武士道の誤解』




総評
 タイトルは武士道としているが、基本的に「日本思想史特に近代」という感じだ。武士道に関しては『葉隠』と新渡戸稲造『武士道』(特に『武士道』)の二冊の書物が中心になっている。それ以外の戦国時代の武士道等の部分は結構おざなりと感じてしまう。『葉隠』と『武士道』もその時代に社会がそれらの書物をどう扱ったかというような歴史的な観点よりも哲学的な観点と他の思想家がこの二冊をどう評価したかというのが中心である。そういう方面に興味がある方には良い入門書となるかもしれないが、私にとってはちょっと期待外れであった。ただ、これは内容の善し悪しというよりも私個人の好みである。


武士道
 武士道(ぶしどう)は、日本の近世以降の封建社会における武士階級の倫理・道徳規範及び価値基準の根本をなす、体系化された思想一般をさし、広義には日本独自の常識的な考え方をさす。これといった厳密な定義は存在せず、時代は同じでも人により解釈は大きく異なる。また武士におけるルールブック的位置ではない思想である。一口に武士道と言っても千差万別であり、全く異なる部分が見られる。
(wikipediaより一部転載)
 さらに詳しい情報を知りたい方はこちら(wikipedia)


書評(今回はあまり書評になっていない)
 その昔、子供の頃、私は侍に憧れていたちょっと変わった少年だった。もちろん武士道なんて全く知らない。単純に子供の頃、よく観ていたドラマが『暴れん坊将軍』や『大江戸捜査網』『遠山の金さん』等の時代劇の主人公が侍だったから。


 武士はもちろん武士道で生きている(と思っていた)。大人になるに従って、幕府が崩壊した現在、侍になるというのは不可能であることを知り、さらには武士道という規範を知った。当時の私は武士道とはストイックで己に強く忠義を尽くすという世間一般が考える武士道をそのまま信じていた。


 しかし大学生も最後の方になるとちょっとした疑問が湧いてきた。というのは、主君に絶対の忠誠を捧げ、時には命すらも捨てる誇り高い侍。そう滅私奉公。しかしちょっと待てよ。


戦国時代って下剋上の時代じゃなかったっけ?


 いやいや、武士道的には下剋上とかありえないでしょー。裏切りとかだまし討ちとか、「飛び道具は卑怯ナリー」とか誰も言ってねーじゃん。裏切り、だまし討ちなんて頻発しているし。でも江戸時代は武士道の時代な訳じゃん。これってどういうこと?ということで私は疑問を持ち始めた。


 その後、自分なりに調べたんだけど、それはまあいい。今日紹介する本はその武士道に関して書かれた本だ。ちょっと気になったので買ってしまった。内容は武士道についてその発生から近代にいたるまでを書いているが、著者は哲学者で基本的に近代ドイツ思想が中心のようだ。著書に近代日本の思想家もいるのでドイツ思想専門という訳ではないが近代思想史が専門なのだろう。


 なぜ、このようなことを書いたのかというと、内容が思想史なのだ。私は史学を専門的にやってきたこともあり、史学的に史料を元に時代や社会階層、例えば庶民からみた武士道、貴族から見た武士道、外国から見た武士道等、多角的に実証してくれることを期待していた。


 しかし読んでいくと思想の話が多く、特に近代になると武士道の元になった思想の流れというような感じで武士道からは離れてしまっている。有名な新渡戸の武士道も思想的な視点からの考察が多く、私が期待したような史料を駆使したものではなかった。



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山ガールさんはステキ!

20160810突然の雨 今日はちょっとした思い付きから近郊の山に行ってきた。東京の人にはなじみが深い伝説のミシュラン三ツ星山、高尾山だ。私が高尾山に登るのはかなり久しぶりだ。最後に登ったのはもう5年位前なのではないだろうか。何か妙に山に登りたくなってしまったのだ。


 ということで東京郊外に住んでいる私は山に向かう。奥多摩にするか高尾山にするか迷ったが、気軽に登れるのは間違いなく高尾山だ。山頂にはビジターセンターがあり、水道、トイレが完備されている。登山道もきちんと整備されているし、ケーブルカーもあるので気楽に登れる良い山なのだ。


 因みにどちらにするかは駅で決めた。何となく高尾方面に乗ってしまった。問題なく高尾山口駅に到着。そのまま登山を開始する。以前は40分くらいで山頂まで登ったが歳のせいか1時間半くらいかかってしまった。もっと年配の人がサクサク登っているので年のせいにしてはいけない。


20160810突然の雨 山頂まで行き、そのまま一丁平まで行く。帰りは脇道を通りながらのんびり帰る。ところがちょうど高尾山山頂に戻ってきた辺りで雨が降ってきてしまった。時間は17時頃だった。高尾山は建物がたくさんあり、登山客も多いが夕方に山頂で雨に降られるとちょっと焦る。


20160810薬王院階段 高尾山でも夜中になれば真っ暗になって下山するのは大変だ。もちろんライトは持っているが、不安はある。軒先で雨宿りするが、ケーブルカーでサクッと帰りたい私は、折り畳み傘のみで果敢にスコールの中を突進していく。ケーブルカー乗り場に付いた頃には服はびしょびしょになってしまった。


20160810突然の雨 実は私は短パンにTシャツ一枚という、登山の専門家が知ったら往復ビンタを数往復されかねない服装だったのだ。登山なのに何でそんな服装で登ったのか。それはもちろん高尾山を舐めていたからだ。所詮600mの小さい山である上に山頂には施設がいっぱいある。スカートにサンダル姿の女の子もいたので舐めたのは私だけではないだろう。


20160810薬王院
 サバイバルの鉄則である体温の保持なんてどこ吹く風、ペラペラの服はびしょびしょ。確かに高尾山だったからケーブルカーでさっさと帰ってこれたので良かったが、ケーブルカーの故障等、何か問題が起こったらどうなっていたことか・・・。高尾山といえども山は山なのだ。良い勉強になった。次回からは真夏の低山でもちゃんとした服装で行こうと思った。その点、「山ガール」さんたちはきちんとした服装をしているので私のような目には会わなかったようだ。



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士官と下士官の違い




 最近は、すっかり読書三昧の日々を送っている訳だけです。まあ、読書といっても私の書評を見れもらえれば分かるように軍事関係の書籍がほとんどな訳です。んで、結構、読んでいて思うのって当時の軍隊の階級制度についてなのだ。


 坂井三郎氏はこの軍隊の階級制度について「貴族と奴隷」とまで言っている。坂井三郎原作映画『大空のサムライ』(映画の製作費はネズミ講から出ているらしい『祖父たちの零戦』)では、藤岡弘扮する坂井三郎に「俺たちは二つの敵と戦っている。一つは連合国、もう一つは士官だ」というようなことを言わせている。さらに最近読んだ一ノ瀬俊也『戦艦武蔵』中にも士官と下士官の対立があり、戦後まで尾を引いていたという。


 角田氏の著書『修羅の翼』ではフィリピンで下士官以下の隊員が住む隊舎に入ろうとしたところ、下士官に道を塞がれ危うく追い返されそうになったというエピソードがある。角田氏は下士官からの叩き上げだったので結局通してもらえたが・・・。特攻隊員がいる隊舎ということもあるが、やはり士官と下士官兵の壁はあったようである。


 下士官からの叩き上げで特務士官になった岩本徹三は妙にポジティブな性格だったようで、「我々には伊達に特務の二字がついているんじゃない。日露戦争の杉野兵曹長の昔から、兵学校出の士官にもできない、下士官にもできないことをするのが我々特准なんだ。頑張ろうぜ」と角田氏に語っていた(角田和男『修羅の翼』)。


 因みに岩本徹三氏は侠客的(『日本海軍戦闘機隊』)、昔の剣客(安部正治「わが胸中に残る撃墜王の素顔」『空戦に青春を賭けた男たち』)等と言われるが、原田要氏によると意外と几帳面で神経質な性格だったようである。まあ、とにもかくにも、軍隊には士官と下士官が存在している訳なのだ。私は常々思っていた疑問(『わが誇りの零戦』)で、世間一般の会社では幹部と下っ端って入社時から分けない訳ですよ。


 入社してから(建前上は)能力を見て、幹部にする人と平社員のままにする人を分ける訳じゃないですか。じゃあ、軍隊もそうすればいいんじゃないの?と思っていた訳です。そもそも士官と下士官兵というのは貴族と平民から来てるんじゃないの?今は21世紀だよ。人類皆平等。軍隊も能力によって幹部(士官)になる人とそうじゃない人を分ければいいじゃーんと思っていた訳です。


 実はこれ、違うんです。士官と下士官兵、幹部と曹士の区分は世界中の軍隊で採用されていてどこも廃止しないじゃないですか?例えば合理的で平等意識の強い上にドラスティックに改革しそうなアメリカですらも士官学校、兵学校があり、士官と兵の区分は明確な訳ですよ。


 これは必要なんです。一般の会社では「死ね」と命令することはないです。無いというよりしたら事件ですね。パワハラですね。逮捕ですね。ところが軍隊では「死ね」と命令しなければならない事態が起こる訳ですよ。そうなった時にかつて同じ立場で出世した同僚、かつての部下だった上司に命令されて死ねますか?


 やはり「死ね」という命令を出す人と出される人には、一定の距離が必要なんですね。ここら辺のことはデーブグロスマン『戦争における「人殺し」の心理学』に詳しい。私達みたいに平和な時代、平和な国に生きている人間には戦争というのを理解するのは難しいですよね。もちろん私も偉そうなことは言えないです。はい。 



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トイガンについての戯言

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 ガバメントが妙にしっくりこないのだ。そういうことで新しい銃をと私は考えた。まずは条件。まず命中精度が良いこと。もちろんこれは絶対。それもトップクラスであることが望ましい。というのは、当たらなかった場合、銃のせいにしないで済むから。(画像はwikipediaより転載)


 そして外観。ここが重要。トイガンというのは模造品。趣味、アソビなのだ。実射性能だけを追求してはつまらない。リアルな外観の銃を持ち、各種装備を装着することで「状況」に入る訳だ。モナカの銃はさすがに今はないがおもちゃっぽい外観では白けてしまう。状況にも入りにくいのだ。


 ということで性能、外観ともに抜群の銃が欲しいということになる。そうそう、ひと昔前はそんな甘ったれた希望は通らなかったのだが、今は21世紀、人は皆サイボーグにはなっていないけど、トイガンの品質は性能、外観共に飛躍的な進歩を遂げた。リアルな外観で高性能なトイガン等掃いて捨てる程あるのだ。


 そこで私の好み。私は鋼鉄銃が好きなのだ。鋼鉄、もしくはステンレスのどっちか。私の子供の頃はポリマーフレームなんていうステキなものは存在しなかった。銃といえば鋼鉄かステンレスのどちらかだったのだ。性能、外観だけでいうなら選択肢はいくらでもあるのだが、そこにこの「鋼鉄銃」という要素を入れると結構難しくなってしまうのだ。


 何で難しいのかというと、私の要望する「性能」とは命中精度だけではないのだ。グリップフィーリングやグリップアングル、サイトの高さや重量バランスにまでこだわってしまっているのだ。そうなると21世紀といってもあまり選択肢は無くなってしまう。


 まずはメーカー。これは簡単。外観の精巧さと性能の高さが両立しているのは東京マルイとKSCしかない。他にもあるかもしれないが、ことハンドガンに関してはこの二社しかないと私は勝手に考えている。まあ、マルゼン等もいいかもしれないがさすがにP38はねぇ・・・。マルゼンってP38だけしか売っていないような印象があるのだが・・・・。


 それはそうと、東京マルイの銃となると、まずはグロック22。東京マルイの最新型グロックなのだが、鋼鉄銃じゃないのでダメ。MP9も性能、外観的には問題ないのだが、これも同様の理由でダメ。無論MEUピストル等ガバ系は全部ダメ。こうやって消去法で消していくとせいぜいベレッタ位しか残らない。


 ではKSCはどうかというと・・・。そもそもKSCは新製品を出してよ〜!と言いたくなってしまうくらい新製品を出さないメーカーになってしまった。寂しいなぁー。そのKSCも今度SIGP226を再生産するようだ。さらにCZ75ファーストモデルをHWで再生産するという。これはちょっと楽しみ。


 P226は東京マルイでも出しているが同じ銃だったらKSC製を買ってしまうのが私。やはり外観のリアリティはKSCが圧倒している。これは購入してみれば分かるよ。細かいところの作りの精巧さが全然違う。その無数の細かさの積み重ねで全体としては東京マルイ製の銃を圧倒してしまっている。残念だけど、外観の精巧さではKSCと東京マルイではKSCに軍配が上がってしまう。


 因みに銃の性能はどうかというと命中精度は東京マルイが圧倒していた!そう、数年前までは・・・。数年前にKSCが「新型チャンバー」を開発してからは互角だ。どちらも同じくらいよく当たる。全くそん色がない。そうなると私はどうしても外観のリアルなKSCに行ってしまうのだが、KSCはいかんせん新製品があまり出ない。


 やはりKSCかなぁ・・・。WAデルタフォースカスタムを買う前の愛銃はKSCのG23FだったのでKSC製品には慣れているのだ。そうなるとベレッタM92FかSIGP226またはCZ75のどれかになるかなぁ。ただ、SIGP226はサイトが高いのでちょっと撃ち辛そう。ここら辺は銃を持ってみて判断するしかないかな。



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書評 辻田真佐憲『大本営発表』




総評
 本書は内容的には非常に読み応えがあり素晴らしいものだった。私は精読派なので読了には時間がかかったが一気に読み終えてしまった。調査には相当の労力が必要だっただろう。巻末の参考文献の量や内容の多彩さからも著者の苦労が分かる。


 本書は虚飾に満ちた大本営発表が起こった土壌に軍部とマスコミの癒着、陸軍と海軍の対立を始めとする各組織間の不和があるという。その中で現場の過大な戦果報告を無批判に発表し、損害の隠ぺいが始まる。本書が特に素晴らしいのは最終章である。


 著者はこの大本営発表の問題を過去の歴史としては終わらせない。著者にとって歴史とは、あくまで現代の問題を解決するために役立てるものであるようだ。歴史研究者は結構、「自分は歴史を調べるだけの仕事ですから〜ハイ・・・(;´・ω・)」という人が多いが、著者は真正面から現在の問題点に言及している。この視点は特に素晴らしい。


書評
 書店で発見してそのまま購入してしまった。本書はあの有名な大本営発表を徹底的に調べ上げたものだ。一般的に大本営発表とは事実と異なるプロパガンダというイメージがある。まあ、実際そうなんだけど・・・。では大本営発表というのは実際どういうものなのか、ということを精緻に調べ上げたものだ。


 辻田氏の調査によると大本営発表は日中戦争から始まり、太平洋戦争開戦によりその数を増した。終戦まで続けられた結果、戦時中の大本営発表の彼我の戦艦空母の損失を合計すると、日本軍は大戦中、連合軍空母84隻、戦艦43隻を撃沈し、味方の損害は空母4隻、戦艦3隻という圧倒的勝利であった。もちろんこんなのは嘘である。ではどうしてこのようなことになってしまったのだろうか。


概要
 大本営発表(だいほんえいはっぴょう)とは、太平洋戦争(大東亜戦争)において日本の大本営が行った戦況などに関する公式発表。

 当初はおおよそ現実に即していた発表を行っていたが、ミッドウェー海戦の頃から海軍による損害矮小化・戦果過大化の発表が目立ちはじめ、勝敗が正反対の発表すら恒常的に行ったことから、現在では「内容を全く信用できない虚飾的な公式発表」の代名詞になっている。
(wikipediaより一部転載)
 さらに詳しい情報を知りたい方はこちら(wikipedia)


 上記の通り、大本営発表とは当初は事実に即して発表されていた。実際、真珠湾攻撃の戦果などはその後の調査で戦果が過大であったことが分かると訂正されている。しかしミッドウェー海戦の損害が空母4隻撃沈というあまりに激しい損害のために味方の被害を過少に報告することによって嘘の発表が始まった。


 因みにこのミッドウェー海戦の損害は一般以外にも陸軍や天皇にまで隠ぺいされた(戸高一成『海戦からみた太平洋戦争』)。世間に情報が漏れないようにミッドウェー海戦から生き残った搭乗員は笠之原基地等に(原田要氏の『わが誇りの零戦』)、列機の岡元高志氏は大湊基地に隔離された(森史朗『零戦 7人のサムライ』)。


 ミッドウェー海戦に参加した杉野計雄氏は著書『撃墜王の素顔』の中で同様に禁足が命じられたと語っている。さらに別にアリューシャン作戦に参加していた谷水竹雄氏は手記「愛機零戦で戦った千二百日」『零戦搭乗員空戦記』でミッドウェー作戦に参加した蒼龍乗組員の救出の際、会話を禁じられたこと等、現場からすでに隠ぺいが始まっていたことが分る。


 大本営発表は味方の損害は過少に報告され、戦果は過大に報告された。これだけをみるとただの嘘情報なのだが、当初正確だった大本営発表がどうしてそのように変貌してしまったのだろうか。細かく分けると損害の隠ぺいと戦果の過大報告というのは理由が異なる。


 損害の隠ぺいは大本営発表で意図的に行われたものだが、戦果の過大報告というのは大本営発表が意図的に行ったものではなかった。ではどうして戦果の過大発表というのが起こってしまったのかというと理由は簡単だ。そもそも現場部隊からの戦果報告が実際とはかけ離れた過大なものであったからだ。


 海軍の太平洋戦争は航空戦が中心であった。航空戦では戦果の確認は難しい。当初はベテラン搭乗員がある程度正確な戦果報告をしていたが、搭乗員の技量が低下するにつれて報告も事実に反するものになっていった。


 当時報道班員として最前線ラバウルにいた吉田一氏は著書『サムライ零戦記者』の中で「大本営発表は信用されないが、戦果報告に嘘は無い」という趣旨のことを書いている。確かに戦果報告に嘘は無かったかもしれないが、そもそも搭乗員自身が戦果を誤認していたようである。実は、吉田氏がラバウルにいた当時のベテラン搭乗員達の戦果報告も実態より過大になる傾向はあった。これは彼我の損害の比較をした梅本弘『ガ島航空戦』に詳しい。


 後方の大本営報道部は前線からの過大な報告を無批判に発表してしまったのだ。批判をしようとすれば「現場で命がけで戦っている我々の戦果報告が信用できないのか!」ということになってしまう。そもそも批判しようにも否定する情報がない。


 その結果、戦果は過大になり、損害は隠ぺいされた。それはソロモン海域の戦闘が始まるとさらに激しさを増し、大本営発表が事実からかけ離れるに比例して国民からの信用も失っていった。この頃から大本営発表に対する国民の批判的な言論等が目立ち始めるという。


 その後、マリアナ沖海戦、幻の大戦果と言われる台湾沖航空戦でも事実と異なる戦果発表が行われた。台湾沖航空戦に関しては海軍は戦果が過大であることを発表前に知っていたにも関わらず陸軍にすらその情報を伝えなかった。結果、陸軍は米機動部隊は壊滅したという前提にフィリピンで積極攻勢に出て壊滅してしまう。



大本営発表 改竄・隠蔽・捏造の太平洋戦争 (幻冬舎新書)


商品の説明
信用できない情報の代名詞とされる「大本営発表」。その由来は、日本軍の最高司令部「大本営」にある。その公式発表によれば、日本軍は、太平洋戦争で連合軍の戦艦を四十三隻、空母を八十四隻沈めた。だが実際は、戦艦四隻、空母十一隻にすぎなかった。誤魔化しは、数字だけに留まらない。守備隊の撤退は、「転進」と言い換えられ、全滅は、「玉砕」と美化された。戦局の悪化とともに軍官僚の作文と化した大本営発表は、組織間の不和と政治と報道の一体化にその破綻の原因があった。今なお続く日本の病理。悲劇の歴史を繙く。
(amazonより転載)


 ただ、大本営発表が虚飾に満ちてしまったのは上記の理由だけではない。そこには新聞社との癒着があった。我々は戦前の日本の言論界というとすでに軍部の言いなりだったと思いがちだが実際は違った。言いなりどころかマスコミは軍部に批判的ですらあった。


 それが変わってきたのは日中戦争からだという。日中戦争でのマスコミ各社のスクープ合戦が始まり、スクープを得るために軍部との協力は不可欠であった。軍部としてもマスコミをコントロールすることで軍部に有利な記事を書かせることができるという癒着が始まったのだ。


 結果、マスコミの権力への監視機能は発揮されることはなかった。恐ろしいのは戦前の日本というのは決して強圧的に政府がマスコミを支配していたのではなく、マスコミは自ら利益を得るために権力への監視機能を放棄していったということだ。著者は最終章で現在の政府マスコミの関係にも言及し警鐘を鳴らす。



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水中専用モビルアーマー




 立川志らくの創作落語に『頑駄夢落語 らすとしゅーてぃんぐ』というものがある。詳しくは私も知らないし興味もないが、その元になったアニメに『機動戦士ガンダム』というものがあるのだ。こちらは私が子供の頃、よく観ていたので知っている。『機動戦士ガンダム』は続編やスピンオフ、サイドストーリー等が膨大に作られているが、水中専用モビルアーマーというのは初代ガンダム以外には登場しないのではないかと思う。


 決して、温泉に入っていたからという訳ではないが、温泉に入浴中、突然思い出してしまった。水中専用モビルアーマー・・・。そう、グラブロだ。懐かしーなーと思いながら、wikipediaでグラブロについて調べてみた。そもそもwikipediaってなんでこんなにアニメに詳しいのだろうか。


 それはともかく、グラブロはどうも3機製作されたようだ。子供の頃からビグロとグラブロは妙に似てるなーと思っていたところ、グラブロはビグロを元に水中専用モビルアーマーに改造されたという設定のようだ。製作から完成まで1ヶ月半という超高速で完成したモビルアーマーだ。


 『機動戦士ガンダム』の設定自体がちょっとキツキツだったかなー。一年戦争とはいわずせめて3年半戦争位にしておけばその後の設定が楽だったのにと思ってしまう。ソロモン攻略戦の後はマリアナ海戦、レイテ海戦からア・バオア・クー会戦でしめて三年半戦争くらいで良かったような気も・・・。


 と話が脱線してしまったが、この水中専用モビルアーマーグラブロはマッドアングラー隊に配属される。このマッドアングラー隊というのはマッドアングラーというすごい敵っぽいデザインの潜水艦(潜水母艦?)とユーコン級潜水艦で編成される潜水艦隊だ。


 この潜水艦隊は実は連邦軍の潜水艦隊だったということは最近知った。どうもジオン軍に鹵獲されたという設定になっているようだ。ユーコン級は分かるがマッドアングラーは連邦製兵器としてはちょっとワルなデザインのような気がする。まあ、雷を連邦軍の新兵器と勘違いするくらい地球のことを知らないジオン国民が潜水艦を開発するというのは無理なこと、連邦軍製の潜水艦を鹵獲するのが一番だ。


 しかしグラブロはジオン公国謹製、れっきとした宇宙人が製作したモビルアーマーだ。妙に性能は良かったな。しかし続編やサイドストーリーではその他水中専用モビルアーマーというのは見かけない。そしてプラモデルでも見かけない。マッドアングラーもユーコンもプラモデルでは無し。これだけガンプラがたくさん出ているのだから出せばいいのにねー。ガンプラは何でも売れるさ。



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書評 一ノ瀬俊也『戦艦武蔵』




総評
 著者は全体的に迷いながら書いている印象を受ける。内容が天皇の戦争責任等のデリケートな話になることから断定を避けるような書き振りが感じられる。


 序章で本書の内容を前半と後半に分けるということを書いているがそれも一つの本にテーマが二つあるということになり、分かりにくさに輪をかける。


 結論としては結局、人間というのは自分が目の前で体験したことくらいしか原因を追究しようとしないというような感じであるが、これ自体も明確な「結論!」「私の意見!」というような感じではなくボンヤリとした感がある。


 内容は結構なボリュームであるが、結論はまあ、間違いではないけど、ここまでの労力をかけた作品にしては結論がちょっとぼんやりしすぎていて勿体ないと思う。


書評
 最近、書評ばかり書き過ぎていい感じに訪問者数も減ってきたし、私もちょっと書評を書くのに飽きてきたところだったが、また書評を書いてしまおう。今回は一ノ瀬俊也氏の『戦艦武蔵』を読んでみた。一ノ瀬氏が戦艦武蔵をテーマにしたのは同型艦大和に比べて武蔵は地味で暗いイメージがあることに疑問を持ったことによるようだ。


性能
46cm(45口径)砲3連装3基9門
15.5cm(60口径)砲3連装4基12門
12.7cm(40口径)連装高角砲6基12門
25mm3連装機銃12基36門
13mm連装機銃2基4門
最終時:
46cm(45口径)砲3連装3基9門
15.5cm(60口径)砲3連装2基6門
12.7cm(40口径)連装高角砲6基12門
25mm3連装機銃35基105門
25mm単装機銃25基25門
13mm連装機銃2基4門
12cm28連装噴進砲2基56門
装甲 舷側 410mn、甲板 200mm、主砲防盾 600mm
搭載機 零式水上偵察機・零式観測機他、最大7機
(カタパルト2基)
(wikipediaより転載)


概要
武蔵(むさし)は、第二次世界大戦中に建造された大日本帝国海軍の大和型戦艦の二番艦である。当時は武藏と表記された。この名を持つ大日本帝国海軍の艦船としては3隻目にあたる。また、武蔵は大日本帝国海軍が建造した最後の戦艦でもあった。
(wikipediaより一部転載)
 さらに詳しい情報を知りたい方はこちら(wikipedia)


 本書を読む上で大切なのは本書は最新の歴史学の成果や発見で「戦艦武蔵がここまで分かった!」というようなものではない。戦艦武蔵を題材に太平洋戦争の主に大艦巨砲主義と航空主兵主義等の海軍内部の問題、から歴史学的な問題意識から戦争をどうとらえどう継承していくかというところまで行く。


 著者の一ノ瀬氏は日本近代史の専門家だ。今まで『米軍が恐れた「卑怯な日本軍」 帝国陸軍戦法マニュアルのすべて』等、歴史史料を駆使して今までにない視点から近代戦争史を分析してきた人だ。その著者が歴史学的な問題意識にまで踏み込んだのは本書が初めてなのではないだろうか。


 ただ、本書はちょっと詰め込み過ぎの感はある。前半は戦争とファンタジー、後半は戦争を当事者達はどう描き、それが戦争を知らない世代にどう継承されていたのかを描いている。実際、私は「戦艦武蔵には噴進砲が装備されていた!」的な内容を期待していたのだが・・・。


1938_Japan_Navy_battleship それはそうと、前半は戦争体験者は戦争をリアルに感じ、戦争を知らない世代は戦争をファンタジーと感じるというのは違うということを書いている。戦中派でも実際に戦争をしている最中でも戦争にファンタジーを感じることもあるとする。(画像はwikipediaより転載)


 それはそうだと思うが、そもそもファンタジーとリアルの定義があいまいである。本書中の戦争中のファンタジーの例を見ると、当事者の夢や希望がファンタジーとして扱われている。これがファンタジーであるならば世の中全てがファンタジーなのではないかと思ってしまうこともある。まずは何がファンタジーで何がリアルなのかという定義をするべきだと思う。


 戦争を知らない人間が戦争をファンタジーとして捉えることの問題点は、戦争に対して自身の理想を投影し、現実の殺し合いや各種残虐行為という「リアル」が見えなくなってしまうことだ。これによって戦争を無邪気に賛美することになってしまう。


Musashi1944 著者は戦争当事者自身もファンタジーであると結論付けるが、そうなると上記の戦争を理想化する問題は戦争当事者も理想化してしまうことになる。要するに戦争を知らない人、戦争の当事者共に戦争は理想的なものという結論になってしまう。(画像はwikipediaより転載)


 それではそういう結論になることによって我々、今を生きる人々にとってその結論から何を得られるのかということを語らなければならない。「こういうことがありました」では学問にならない。それは史料を羅列したのと同じことだ。学問であるならば、この結論によって著者は何を主張したいのかというのを明確にしなければならない。


Musashi_under_attack_in_Sibuyan_Sea 後半部分になると主な問題意識は戦艦武蔵の撃沈を中心になぜこのような悲惨なことになったのか、海軍士官と下士官の違いから戦中戦後の意識の違いから分析する。日本にはなぜこうなったのかという原因を追究する姿勢がないという結論に落ち着いたようだ。(画像はwikipediaより転載)



戦艦武蔵


商品の説明
二〇一五年、戦艦武蔵がフィリピン沖海底で発見され、世界の注目を集めた。だが、太平洋戦争中の一九四二年に完成し、四四年のレイテ沖海戦で撃沈された武蔵は、敗戦後、長きにわたり半ば忘れられた存在だった。姉妹艦の大和が一貫して脚光を浴び、戦記や映画、アニメなどで繰り返し描かれたのとは対照的である。両者の差はどこから生まれたのか。建造から沈没までの軌跡を追い、さらには戦後日本の戦争観の変遷をたどる。
(amazonより転載)


 本書は近代史を専門とする歴史学者が戦争責任等のデリケートな内容にまで踏み込んだということでは意義がある。しかしどこかしら明確な結論を出すことを避けている感があるのが残念だ。しかし私は著者の基本的なスタンスが歴史学会の標準的なスタンスにあることが分かったのでこれは良かった。


 つまり、左右問わず思想的なものを極力排除して合理的な結論を導き出す作業を行っているということだ。ただ思想的なものを排除した結果、結論もありきたりになってしまったのが残念だ。



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書評 「丸」編集部編『海軍戦闘機隊』



総評
 本書は現在では数少ない日本海軍戦闘機搭乗員の手記をまとめたものである。内容的にはやはり手記である性質上、一貫性は持たせにくいが編集者の精いっぱいの努力が見られる。ただ、それぞれの手記の初出が書かれていないのは残念であった。私が特に興味を惹いたのは航空隊司令柴田武雄大佐、倉本十三飛曹長、神山武治飛曹長の手記であった。私の書評は私の備忘録という意味が大きいのだが、今回は特にそれが顕著になってしまった。本書とは関係ないが、このブログの読者には退屈な書評かもしれない。


書評
 本書は月刊「丸」紙上に発表された海軍戦闘機隊関係者の手記を集めたものである。月刊誌は発売された時に購入しなければならず、その後の購入が困難であり、なおかつ、その後、執筆者の多くが他界してるため、このような形で出版してくれることはありがたい。


 本書の構成は基本的に戦闘機を中心に編集されているようである。最初に航空戦全般について当時参謀だった野村氏の寄稿があり、その後96艦戦、零戦、二式水戦、月光、紫電、紫電改、雷電、烈風とほぼ開発年に合わせた順序になっている。


目次
野村了介 日本海軍の空戦思想
横山保 新鋭「九六艦戦」の空戦法
羽切松雄/坂井三郎 駿馬「零戦」向かうところ敵なし
横山保 三空零戦隊 開戦の第一撃
吉田一 忘れえぬラバウルの撃墜王たち
中野忠二郎 二〇一空零戦隊ラバウル・ブイン戦記
白浜芳次郎 翔鶴零戦隊マリアナ沖空戦記
柴田武雄 わが海軍戦闘機隊と忘れざる人々
神山猛治 九〇二空「二式水戦」トラック戦記
美濃部正 夜戦「月光」比島の空に奮戦す
原通夫 知られざる夜戦「月光」隊の対潜攻撃
倉本十三 愛機「月光」で記録した一夜五機撃墜
山本重久 飛行審査部“テス・パイ”の思い出
石坂光雄 紫電「奇兵隊」対P51戦闘に燃ゆ
羽切松雄 横空「紫電改」B29ロケット弾邀撃記
中島正 初陣三四三空「紫電改」松山上空の大戦果
市村吾郎 戦闘四〇七飛行隊「紫電改」空戦記
笠井智一 撃墜王杉田上飛曹「紫電改」に死す
戸口勇三郎 本土上空で見せた局戦「雷電」の真髄
赤松貞明 忘れざるジャジャ馬「雷電」との対話
西畑喜一郎 厚木「雷電隊」小園式戦法に戦果あり
小福田租 最後の艦上戦闘機「烈風」試乗リポート
「丸」編集部 終戦時における海軍試作戦闘機


 戦後70年以上が経ち、本書に手記を寄稿された方の多くが他界されているので全ての手記が貴重なものであるが、特にファンから人気のある赤松貞明氏が執筆しているのが注目される。特に私の興味を惹いたのは柴田武雄氏の手記である。


 柴田氏は海軍戦闘機隊に詳しい人なら誰でも知っている人物である。太平洋戦争では主に航空隊司令という立場で臨んだ。面白いのは、柴田氏は命令する時に決して「撃滅せよ」という命令は出さなかったそうである。「撃滅せよ」というのは聞こえがいいので何となく使ってしまう司令も多かったのだろう。


 しかし「撃滅せよ」という命令を発し、撃滅できなかった場合には命令違反になると柴田氏は指摘する。さらに人命に関しては

「生命というものは、この世に生をうけた使命役割をいかんなく達成し、もって天意に応えるべきである。そして、これは普遍の真理である」
本文より一部抜粋

 という哲学を持っていたという。その哲学の元に被害を少なくすることに全力を注いだという。因みにこの柴田氏は結構な口下手だったそうだ。太平洋戦争前に海軍内部で戦闘機無用論が出た時、柴田氏は戦闘機は必要とその後の結果からみればかなり妥当な意見を主張していたが、源田氏等、戦闘機無用論に太刀打ちできなかったという。


 口下手であっても、上記の哲学を持ち、部下の命令違反にまで気を配る司令には人望が集まったようである。私と同様、柴田氏も運命論者であるという点も共感できた。この柴田氏の稿の中で興味深いのは、柴田氏が本土防空を陸海軍共同でやろうと思い、連合艦隊の同意を得て、陸軍の参謀本部に行った。


 そこで旧知の新藤常右衛門大佐に話したところ意見が一致し、海軍に防空関係の資料一切を提供するように要求したところ、航空主務参謀奥宮正武中佐が、

陸軍などに本当のことを言ったら、とんでもないことになる
本文より一部抜粋

 といって断ってしまった。ここに陸海軍の対立の根深さが見えると同時に、世間一般では善の海軍、悪の陸軍という二項対立で考えられがちな両者の対立は、実は海軍にも相当な問題があることが分かる。堀栄三『大本営参謀の情報戦記』でも日本空軍創設に反対したのは海軍、特に山本五十六だったことからも窺える。


 神山氏の手記も面白かった。神山氏は数少ない二式水戦の搭乗員であった。二式水戦は、速度こそ遅いものの、実は零戦より旋回性能は良かったようだ。神山氏はこの二式水戦で爆撃機の爆撃を妨害して有効弾を与えられないようにしたり、連合国軍のP38ライトニングと互角に渡り合ったという。これは日本海軍航空隊の実際の記録を丹念に調べた梅本弘『ガ島航空戦』上によっても水上戦闘機隊が通常の戦闘機に対して互角に渡り合ったことが確認されている。


海軍戦闘機隊―私は非情の大空で戦い生還した!

商品の説明
頼れるのは己れ一人だけ。零戦、紫電、紫電改、雷電、月光、烈風、震電、秋水…愛機とともに常に生還を期して鍛錬し、生死紙一重の苦闘を制した空の男たちの壮烈なる空戦体験。日本海軍ファイター列伝。
(amazonより転載)


 その他、雷電搭乗員の手記では雷電の離着陸の難しさ、航続距離の無さを指摘する一方、速度、上昇力、加速性能がF6Fやコルセアよりも勝っていた等、実際の搭乗員の意見だけに説得力がある。この雷電は、渡辺洋二『局地戦闘機「雷電」 』によると実は最もB29を撃墜した戦闘機であったという。


 一夜にB29を5機撃墜した倉本十三氏の手記は同乗の黒鳥四朗氏の著作『回想の横空夜戦隊』で別人の視点から確認できて面白いと思う。



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書評 伊藤祐靖『国のために死ねるか』




総評
 本書の内容は濃い。私自身は著者の価値観に比較的近いようだ。しかしどこかに違和感を感じる。それは何だか私自身よく分からない。本書で知るのは知識や価値観ではない。自分はどう考えるのかということを自分自身に問いかけながら読む本だと思う。本書は読者自身の価値観が試される本といえる。


書評
 たまたま書店に行ったところ、バカ売れ状態の本書を発見した。アマゾンのカテゴリーでも一番の売れ行きだそうだ。著者は元海上自衛隊特殊部隊の創設者の一人。私はちらっと噂を聞いたことがある程度だ。その噂とはネットや書籍ではなく、人づてだ。私が著者の話を聞いた人は恐らく本書中に登場する「民間人」の一人なのだと思う。残念ながら噂の内容はネガティブなものだった気がする。詳しい内容は忘れてしまった。


伊藤祐靖
 日本体育大学体育学部に陸上競技の短距離選手日体奨学生(特待生)として入学。卒業後、「一番階級の低いところからやる」との考えのもと、1987年(昭和62年)に海上自衛隊に2等海士で入隊。

しかし、任期制自衛官である士階級の同期の国防への志の低さに落胆して幹部自衛官になることを決心し、その年の内に、2士から幹部候補生試験を受験して合格、海上自衛隊幹部候補生学校に入校する。同校卒業後は幹部自衛官として艦艇勤務に従事する。

 1999年(平成11年)に発生した能登半島沖不審船事件の際には、イージス艦みょうこうの航海長として、不審船を追跡した。この時、不審船が停船した場合の臨検を想定し、みょうこうの砲雷科員に小銃と拳銃を持たせて臨時の臨検部隊を編成した経験を上層部に買われ、異動により不審船への臨検を行う特別警備隊の発足準備に携わることとなった。また訓練を経て、即応部隊を率いる先任小隊長としての任務に就いた。訓練ではNavy SEALsをはじめとした海外の特殊部隊とも交流しながら技術の向上を図った。

 2007年(平成19年)、他部隊への異動の内示を拒否して2等海佐で退官。 退官後は拠点を海外に移し、各国の警察や軍隊への訓練指導などに携わっている。
(wikipediaより一部転載)
 さらに詳しい情報を知りたい方はこちら(wikipedia)


 本書は基本的に四章立てになっている。第一章は能登半島沖不審船事件、第二章は海自特殊部隊創設、第三章は自衛隊退職後の自己鍛錬の日々、第四章は著者の国家論となっている。

目次
第一章 海上警備行動発令
第二章 特殊部隊創設
第三章 戦いの本質
第四章 この国のかたち


 本書はさらっと読める内容ではない。これは人によるだろうが、私の場合は読了するまでに相当な時間がかかった。私の知らない新しいことが多かったのと、私自身、元自衛官として考えこんでしまう内容だったからだ。特に第一章の不審船の部分では考え込んでしまって中々ページを進めることが出来なかった。


 第一章はネットで調べれば内容は大体分かると思うが、1999年、能登半島沖不審船事件というものがあった。著者はその渦中のイージス艦みょうこうで航海長として任務に就いていた。不審船に警告射撃をしている船内の緊張感の描写は生々しかった。「戦争をしない国の軍隊」が艦長以下全く未経験の不審船追撃を行ったからだ。


 警告射撃で不審船は停止した。もちろん臨検しなければならない。そこで隊員を送り込むが、要約すると状況から臨検に行った隊員は必ず死ぬと推測された。その中で臨検に向かう隊員の一人が「なぜ私が行かなければならないのか」というようなことを言う。著者は「自衛官というのはそういう仕事なのだ」というようなことを言う。隊員は「ですよね」といって準備を始める。


 「事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努め、もって国民の負託にこたえることを期するものとする。」
自衛隊法第52条一部抜粋


 世間では知られていないが、自衛官はみなこの宣誓を行い誓約書に名前を記入する。これをしなければ自衛官にはなれない。無論私もした。著者も指摘しているように自衛隊は基本的に試合をしないプロ野球チームだ。実は多くの自衛官は実戦で戦死するとは思っていない。しかし自衛官は心のどこかにこの宣誓が刻まれている。それが「ですよね」になるのだ。


 この事件で著者は特殊部隊の必要性を痛感する。そして第二章では特殊部隊の創設について描かれている。そして著者は海上自衛隊に幻滅し、フィリピンのミンダナオ島に拠点を移す。そこで実戦を経験してきた弟子とのトレーニングの日々が続く。実戦もやったようなことが本書の最後に書いてあるがそれは私には分からない。


 最終章では著者の国家についての考え方が示される。ここで私が注目したのは、著者は本書でほとんど「愛国心」という言葉を使っていない(著者の発言、意見としては一回も使っていない)。これは著者が意図的に使用していないのだと思う。本書中に


「国を愛している」という人がいるが、では、国の何を愛しているというのだろう?
本文より抜粋


 と疑問を呈している。国とはそこに住む人々や土地だけでなく、統治機構までも含まれる。少なくとも国連の定義ではそうなっているらしい。では国家とは何なのか?となる。全て?ではどれかが欠落したらどうするの?統治機構が変わったらどうするの?領土が変わったら?国民を愛するとは1億2000万人一人残らず全てを愛するの?これは私自身の疑問だが、著者も同様の疑問を感じているのではないだろうか。著者は結局、自然の法則、群れという原始的な感覚に落ち着いたようだ。



国のために死ねるか 自衛隊「特殊部隊」創設者の思想と行動 (文春新書)


商品の説明
新安保法制が施行され、「自衛隊員の戦死」が現実味を帯びてきた。しかし、今の日本という国家に、「死ね」と命じる資格はあるのだろうか。自衛隊でも、もっとも死ぬ確率が高い特殊部隊の創設者が、自分の経験をもとに「国のために死ぬ」ことを、とことん突き詰めて考えた衝撃の手記!
(amazonより転載)


 因みに本書を読んでいてちょっと気になってしまったのだが、著者の父親は陸軍中野学校の出身で、戦時中に蒋介石の暗殺を命ぜられたという。そして撤回されていないという。要するに任務継続中な訳だ。これって極秘任務になるような気がするけど、子供に普通にしゃべっているし、その上、本になって出版されてしまっている。これっていいの?というのがちょっとした疑問。それはそうと、本書は時間があれば是非読んでほしい。感想、結論は各人異なると思う。とにかく考えさせられる本だ。



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書評 中島親孝『聯合艦隊作戦室から見た太平洋戦争』




総評
 戦後70年を過ぎて戦争を知る世代がかなり減少してきている。私が子供の頃は60歳以上は戦争に行っていた。当時の司令官、参謀クラスもまだご健在であったが現在ではもう佐官でご健在の方も少ない。その点、本書は当時参謀をしていた人の貴重な記録であり、連合艦隊の上層部からみた太平洋戦争という点で貴重な本だ。


 ただ、内容は太平洋戦史の教科書的な内容であり、各作戦への評価も著者独自の見解というものはあまり見られない。実際に現場にいた人間しか分からない迫力や緊迫感等もあまり感じることができないが、逆に客観に徹しているともいえる。ただ、戸高一成著『聞き書き・日本海軍史』の中島親孝氏の章にあるように海軍士官はジェントルマンであり、直接の批判というものはあまりしないようだ。ここら辺は評価の難しいところだ。


 もし本書を購入するとしたら、同時に堀栄三『大本営参謀の情報戦記』も併読することをお勧めしたい。陸軍参謀と海軍参謀、さらにそれぞれの個性が分かるので両者の比較をしてみると面白い。


書評
 アマゾンの紹介で何となく買ってしまった本書、著者の中島氏は昭和10年に初めて水雷参謀になって以来、終戦まで参謀一筋というある意味変わった経歴の持ち主である。その参謀専門家の著者が日本海軍の内部からの視点で見た太平洋戦争はどんなものだったのかということが分かる貴重な本である。


 著者は連合艦隊や艦隊参謀という前線での参謀経験が多かったことからだろうか、戦略的なことに言及することはあまり多く無く、戦術的な視点で時には司令部の作戦を批判的に書いている。これは同じ参謀であった堀栄三氏が太平洋戦争を日米の戦略、引いては戦争哲学の違いまで言及しているのとは異なる(堀栄三『大本営参謀の情報戦記』)。


 しかし海軍の前線司令部の参謀の記録という点では貴重な資料だと思う。内容で目を引くのが著名な司令官や参謀の人間観察である。基本的に著者は批判的な性格なのだろうか、全体的に人物評も批判的であるように感じる。


 ただし、黒島亀人参謀が月一回しか風呂に入らず、真っ暗にした部屋で構想を練るという有名な話以外にも「ガンジー」というあだ名で呼ばれていたこと、開戦時の第一航空艦隊参謀長草鹿龍之介が非常な勉強家であるが、決断力が無いということを暗にほのめかしたりもしていたり、栗田健男中将はいつも逃げ腰だというような話は面白い。


 実際の参謀としての職務では、当時から現在言われているような真珠湾攻撃の問題点を指摘していることや、ラバウル攻略に際して、ラバウルを攻略することによって今度はラバウルを守るために周辺を攻略しなければならないこと、そしてそれが際限ないことなどを指摘している。さすが参謀と思える的確さである。


 著者中島親孝氏は海軍兵学校を席次4番で卒業、海軍通信学校高等科を首席卒業、海軍大学校で高級幹部を養成する「甲種学生」を卒業したという海軍のエリートである。全体的に秀才の頭の回転の速さは感じるが、ちょっと評論家のようなただ批判だけをするような印象も受けてしまう。


 本書は不思議と当事者の割には緊迫感が伝わってこない。現場にいたといっても参謀という前線の中では後方にいたこともあるかもしれない。特攻隊に関してもどこかしら他人事のように感じてしまう。


 堀氏のように情報を徹底的に分析する「情報職人」という感じではなく、通信情報を常識的に判断しているだけととれる。同じ情報参謀ということでどうしても比較してしまう。堀氏は文章によるアピールがうまいという点もあるだろうし、私自身に知識や考察力が不足しているからかもしれないが、本書では新しい視点や価値観、知識というものは得られなかった。


 全体的にちょっと辛口になってしまったが、前述のように連合艦隊の参謀の書ということで貴重であるのは間違いない。



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書評 戸高一成『聞き書き日本海軍史』



総評
 本書は、著者が海軍士官を中心とする方々との交流の中で聞いたエピソードをまとめたものである。内容は非常に興味深く、今まで知られていなかったエピソードも多い。著者の戸高氏はあまり自分の意見を前面に出さす記録者として本書を執筆している姿勢に好感が持てる。14章立てで1章一人なので1章読み切りという感じでついつい読むのが止まらなくなってしまう。本当に面白かった。


書評
 本書は著者が戦後生き残った海軍士官から直接話を聞いた内容を書いている。厳密に言うと13人の海軍士官と1人の報道カメラマンである。戸高氏の著書は以前、古書店で偶然見つけた『海戦からみた太平洋戦争』があまりにも面白かったので、同氏の別の著作を購入したのだ。


 内容は一貫性が無いという批判もあるが、聞き書きなので当たり前だ。逆に私は簡潔にそれぞれの人の興味深い話が短編として記されているので、読みだしたら止まらなくなってしまった。話の内容が人によって違うので退屈しないのだ。


 聞き書きに登場する海軍士官は、以下の通りである(カッコ内は著書)。

第1章、大井篤(『海上護衛戦』)
第2章、藤田怡与蔵(『零戦隊長藤田怡与蔵の戦い』※藤田氏の著作ではない)
第3章、関野英夫
第4章、山本正治
第5章、大西新蔵(『海軍生活放談』)
第6章、三原 誠
第7章、日辻常雄(『最後の飛行艇
第8章、新見政一(『第二次世界大戦戦争指導史』)
第9章、小瀬本國雄(『激闘艦爆隊』)
第10章、中島親孝(『聯合艦隊作戦室から見た太平洋戦争』)
第11章、千早正隆(『連合艦隊興亡記』等多数)
第12章、山下清隆
第13章、豊田隈雄
第14章、牧島貞一(『炎の海』)



 大井篤氏、日辻常雄氏等半数程の方は著書を持っており、戦記物をよく読む人だったら知っているかもしれない。一応、私の分かる限りで著書を挙げておいた。本書の内容は多岐にわたり、末期の瑞鶴は天山艦攻が3機余計に積めるようになっていた等、あまり知られていない情報や現場の人間しか分からないことが満載されている。


 私が面白かったのは、第3章の関野英夫氏が遠洋航海でサンフランシスコに行った時、野村吉三郎長官が日系人に万が一日米が戦争になったとき、我々はどうするべきかということを質問されたところだ。それに対して野村長官の対応が面白い。

<その場の雰囲気は、長官が「日本に忠誠を尽くせ」ということを期待していたようでした。ところが野村長官は「君たちはアメリカ国籍なのだから、立派なアメリカ人としてアメリカに忠誠を尽くさなければならない。それが大和民族の正しい忠誠心というものだ」とはっきり言ったそうです。


 この言葉に関野氏は感動したという。さらに戦後、米海軍基地のパーティーで関野氏が、

「我々日本海軍軍人だった人間は、米海軍がいかに勇猛でかつ突撃精神を持っているか、またどのような任務でも全力で戦う海軍であることを知っている。だからこそ米海軍は信頼できると思っている。


 と発言したのに対して、米軍側は、

「我々も日本海軍がどんな困難な任務でも命をかけて最後までそれを果たす海軍であることを良く知っている。だからこそ信頼できると思っている」


と返してきたという。これは北村淳『米軍が見た自衛隊の実力』でも米軍軍人の言葉として同様のことが記されている。これはリップサービスではなく、米軍軍人の本心であると私は思っている。ただ、戦時中、日本軍には捕虜の人権を無視していたというような残念な話もある。


 本書で紹介されている士官の最高位である新見政一中将が装甲巡洋艦出雲で遠洋航海に行った際、サンフランシスコで火災に出くわした。その時、出雲でも消防隊を出したのだが、アメリカ側は当然、ポンプ車やはしご車を出したのに対して、鳶口や高張提灯という江戸時代さながらの装束で駆け付けたというちょっと恥ずかしいエピソードも載せている。


 著者曰く、新見氏は分析や研究能力は高かったが、押しの弱い性格だったようだ。その新見氏の著作『第二次世界大戦戦争指導史』に対して昭和天皇が「これはいい本だから皇太子にも読ませたい」と語ったというエピソードも面白い。私は皇太子ではないが、さっそくアマゾンで購入してしまった。


 中島親孝氏の章も面白い。栗田健男中将の艦隊はまともに敵に突っ込んだことがないことや「仙人参謀」黒島亀人大佐はかなり独りよがりの性格であったことなど面白い。因みに黒島大佐については千早氏も宇垣纏『戦藻録』の一部を紛失したことについて自分に都合の悪い部分があったので処分したのではないかと語っている。


 戦艦武蔵の副砲は最上型巡洋艦の主砲であり、装甲が薄い。ここに命中弾を食らったら弾薬に引火して致命傷になるということに誰も気が付かなかったことも初めて知った。戦艦大和型に関しては戸高氏の著書『海戦からみた太平洋戦争』でも大和型は着弾の振動によって主砲の照準器が使えなくなるという欠点があったことが書かれている。

 
 その他、殺人光線の開発に従事した山本正治氏や有名な坂井三郎氏が負傷して単機で帰る途中の零戦を作家の丹羽文雄氏が見ていたこと、著名な航空機設計者クルトタンク氏と語り合った豊田隈雄氏や戦後軍人の公職追放はマッカーサーはむしろ批判的であったのに日本人が強硬に主張していたことなど、興味深いエピソードが多い。



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日本海軍航空母艦 赤城 1/700 日本海軍 戦艦 三笠 プラモデル 1/700 特シリーズNo.94 日本海軍航空母艦 飛鷹 昭和19年 プラモデル 1/3000 集める軍艦シリーズNo.1 戦艦 金剛 比叡 榛名 霧島/駆逐艦 白露型4隻 セット プラモデル 1/35アメリカ中戦車M4A1シャーマン アクセサリーパーツ付 1/35 WW.II ドイツ軍 ティーガーI 初期生産型 "ミハエル・ヴィットマン" HGBF 1/144 ガンダムアメイジングレッドウォーリア (ガンダムビルドファイターズトライ) 1/144 ハイスペックシリーズ Vol.01 F-16 ファイティングファルコン(1Box 10個入り) 1/24 MBT 陸上自衛隊10式戦車 1/700 海上自衛隊 護衛艦 DDG-173 こんごう (J60) HOBBY MASTER 1/72 航空自衛隊F-2A支援戦闘機 "スーパー改" 技MIX 技 (限定) ACL03 米空 F15E試作 技MIX 技AC205 米空 F-22 嘉手納 1/35 ミリタリーミニチュアシリーズ No.329 陸上自衛隊 10式戦車 35329 1/72 ミリタリーモデルキットNo.09陸上自衛隊 機動戦闘車(プロトタイプ) 1/35 陸上自衛隊 87式自走高射機関砲 高射教導隊 (G33) 1/72 ミリタリーモデルキットNo.SP 陸上自衛隊 73式特大型セミトレーラー"74式戦車付属" 1/700 特シリーズNo.86 日本海軍航空母艦 加賀 三段式飛行甲板仕様 1/700 日本海軍 駆逐艦 島風 最終時 1/700 日本海軍 飛行艇母艦 秋津洲 W50 1/700 日本海軍 特設巡洋艦 愛国丸 1943 1/350 艦船 No.20 1/350 日本海軍 駆逐艦 雪風 78020 1/72 WW.II 日本海軍 水陸両用戦車 特二式内火艇 カミ 海上浮航形態 (後期型フロート付き) 1944年 千島列島(塗装済み完成品) 1/700 ウォーターラインシリーズNo.556艦載機 陸上自衛隊ヘリコプタ-セット 88式鉄帽タイプ ヘルメット (フリッツ) M88 顎紐付け替え可能 自衛隊装備 サバゲー 1/35 陸上自衛隊 99式自走榴弾砲 砲弾追尾レーダー装備車 1/72 陸上自衛隊 90式戦車 第7師団 1/35 ミリタリーミニチュアシリーズ 陸上自衛隊74式戦車(冬期装備) 1/144 紫電改 343空 松山基地 2機セット 1/144シリーズNo.15 日本海軍 幻の超重爆撃機 富嶽 1/72 ウォーバードコレクション WB-37 晴嵐 1/144 大戦機 No.8 二式大艇 EASY MODEL 1/72 零式艦上戦闘機 52型 筑波海軍航空隊 1/72 96式艦上戦闘機 零戦艦上戦闘機五二型 零扇 USB式 卓上扇風機 川西 H8K2 二式大型飛行艇 12型 (1/72スケールプラスチックモデル) NP 5 川西 H6K5 九七式大型飛行艇 23型 (1/72スケールプラスチックモデル) NP 6 1/48 三菱F1M2零式水上観測機11型 1/48 傑作機 No.17 1/48 日本海軍 二式水上戦闘機 61017 1/48 傑作機 No.36 1/48 川西 水上戦闘機 強風11型 61036 COLT パイソン4インチ ニッケルジュピターフィニッシュ (モデルガン完成品) 東京マルイ S&W M&P9 ブローバックガスガン /対象年令18才以上 可変ホップアップ  【付属品:東京マルイ・ベアリング研磨0.2gBB(1600発) 、ガンキーホルダー】 東京マルイ FNファイブセブン ブローバックガスガン /対象年令18才以上 可変ホップアップ  【付属品:東京マルイ・ベアリング研磨0.2gBB(1600発) 、ガンキーホルダー】 東京マルイ ガスブローバック デザートイーグル.50AE クロームステンレス BBガスセット ロングレンジセット (本体+BB弾0.2g+ガス)
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