ミニマム情報戦記

ブログタイトルは思い付きでちょいちょい変わります。 でもここら辺でタイトル固定かなぁ。。。 銃&ミリタリーがメイン。 最近は軍事書籍の書評が多いみたい・・・。よいと思ったら拍手してね!それだけが心の支え・・・。

2016年07月

書評 山田雄司『忍者の歴史』




 本書は、タイトルの通り、忍者の歴史について書いたものである。私がこの本を購入したのは、本書の著者が学者だったからだ。忍者やそれに類するものについて書かれているものは多いが、ほとんどが一般人のものだ。私も一応大学院で歴史学を学んだものとしてアマチュアとプロの違いというのは痛い程分かる。


 その専門家が忍者の歴史を執筆したというのが面白い。私は以前から忍者について多少の興味はあった。ということで今回、立ち読みもせずにアマゾンで購入してしまった。内容は忍者の辞書というようなものだろうか。忍者の歴史から世間の忍者イメージの変化等興味深く読んだ。


 忍者の小道具や心得等も詳しく解説されている。忍者というと敵の城に忍び込んで暗殺をしたり、夜中に短刀を逆手に持って切り合いをしたりするイメージがあるが、実際は戦いというのは敬遠されていたそうだ。というのは、忍者の主任務は情報収集である場合が多く、戦ってしまうと情報を味方に届けることが出来ないためだ。


 南北朝時代に忍者の活躍が始まり、戦国時代には大名の多くは忍者を雇っていたという。忍者の任務は情報収集から放火等におよび、見えないところで活躍した。江戸時代になると幕府の警備兵や御庭番という任務が与えられたようだ。御庭番とは他国に侵入して情報を収集してくる人、要するに忍びだ。


 そして私が一番印象に残ったのが、江戸時代初期の1637年、島原の乱が起こったがここでも忍者が原城(?)に侵入して情報収集や食料を盗み出したりしている。面白いのが侵入した忍者が穴に落ち、仲間に助けられて辛うじて逃げ帰ったことだ。


 戦国時代が終わってすでに30年位経った時代であった。もう戦国時代を経験した忍者は老齢で現役ではないだろう。忍者の技術は伝承されており、若い忍者が初の実戦ということでこういう失態があったのではないかと私は考えてしまった。戦争を知らない世代の忍者ということだろうか。



忍者の歴史 (角川選書)

商品の説明
なぜ、「Ninja」は世界を熱狂させるのか? 作られた忍者像を一新!

一口に忍者といっても、時代によってその姿を変えてきた歴史がある。あるときは城を守る警備員、あるときは適地に攻め込む戦闘員、あるときは村人に扮するスパイ……。今まで解明されることのなかった忍者の謎を、忍術書「萬川集海」や、数々の古文書などの資料を読み解き、歴史の観点から明らかにする!
(amazonより転載)


 本書は忍者が好きな人にはもちろん面白いと思う。この手の本は基本的に素人が書く場合が多いが本書は専門家によって書かれているので内容にも信ぴょう性がある。内容は古代史料にみえる忍者から江戸時代さらには近代の中野学校で教えた最後の忍者にまで及び面白いと思う。歴史が専門の人もこういう視点で歴史をみるというのもいいと思う。



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機動戦士ガンダム サンダーボルト フルアーマー・ガンダム




 最近、一番気に入っているモビルスーツがこのサンダーボルト版フルアーマーガンダムなのだ。サンダーボルトというのは機動戦士ガンダムのサイドストーリーで、超簡単に書くと、連邦軍側のムーア同胞団とジオン側のリビングデッド師団がサンダーボルト宙域で戦闘をするというもの。


 サンダーボルトに関しては私が以前記事に書いているのでそちらを参照してもらいたい(『機動戦士ガンダムダンサーボルト』。んで、最初はこの『サンダーボルト』に登場するモビルスーツのデザインが、ゴテゴテしていていかにも「売れ線」を狙っているようであまり好きじゃなかった。


 ところが『サンダーボルト』を全話観終わるころには夢中になっていたのだ。そう、私は「売れ線」に思いっきり引っかかってしまったのだ。引っかかろうがどうだろうがかっこいいものはかっこいい。ということでフルアーマーガンダムについて調べてみた。


フルアーマーガンダム

概要
 イオ・フレミング少尉が搭乗。サイド4「ムーア」跡宙域、通称「サンダーボルト宙域」を攻略する、地球連邦軍の艦隊「ムーア同胞団」に配備される試作MSとして登場し、ジオン軍リビング・デッド師団のスナイパー部隊と交戦する。

 メインカラーはダークブルーと白。上記のフルアーマーガンダム(FA-78-1)とは細部や装備が異なっているが、これはFSWS計画自体が発展途上であったため、様々なシステムや装備が実験的に配備された結果とされている。 ビーム兵器と実体弾兵器を多数搭載しており、重武装化の弊害である機動性の低下は肩部や脚部、バックパックなどの様々な個所に配置されたアポジモーターによって補っている。また、バックパック後部にはプロペンラントタンクを兼ねた大型のロケットブースターが2基配置され、全スラスター推力は高機動型モビルスーツにも匹敵する。また、バックパックの前部には予備のエネルギーパックと2基のサブアームが取り付けられており、エネルギーパックの交換やシールドの保持など様々な用途に使用される。

 右腕部の2連装ビームライフルは大型化とともにエネルギーパック形式に変更されている。左腕部には5連装型のロケットランチャーがあり、艦艇サイズの障害物すら移動させるほどの推力を持つ。バックパックの右肩部には暗礁宙域の大型デブリを貫くほどの威力を持つ大型ビームキャノン、左肩部に多弾頭型の6連装ミサイルポッドが配置されている。ビームサーベルはバックパックの左右側面に1基づつ装備され、サブアームによって取り外しを行い、腕部で保持して使用する。シールドはRX-78用のものとは異なる大型の形状をしており、左右それぞれの腕部に外装するほか、サブアームで保持して計4枚を同時に装備可能である。
(wikipediaより一部転載)
 さらに詳しい情報を知りたい方はこちら(wikipedia)


 ということで調べてみたのだが、このフルアーマーガンダムというのは設定が今ひとつはっきりしていないもののようでwikipediaの記事も装備と劇中の活躍のみでガンダム恒例の後付け設定が無いのが残念だ。私は後付け設定には否定的なのだが、結局、何だかんだで設定を楽しみにしていたりもする。


 結局、何だかよく分からないことになっているが、『サンダーボルト』でのフルアーマーガンダムの登場シーンはかなりカッコよかった。内容を知らない人のために簡単に説明すると


「謎のモビルスーツがいる」

モニターにガンダムの顔が大写しになる。

「これはガンダム!」


 こんな感じだ。感動が伝わったと思う。『サンダーボルト』を観ていたらフルアーマーガンダムが欲しくなってしまった。シールドがたくさんあるというのも斬新で最初は苦手だったけど、今は結構気に入っている。フルアーマーガンダムサンダーボルト版と普通のフルアーマーガンダムを作って並べてみようかなぁ・・・。なーんて思っている今日この頃。



MG 機動戦士ガンダム サンダーボルト フルアーマー・ガンダム Ver.Ka (GUNDAM THUNDERBOLT版) 1/100スケール 色分け済みプラモデル

商品の説明
 カトキハジメ氏による徹底監修の元、技術力を結集して構築された「Ver.Ka」のフルアーマー・ガンダム
細部にまでこだわった設定考証、プロポーション、本体に落としこまれた数々のギミック。手にとって確かめたい魅力的なプロダクトへ。

 アーマー部分は全て着脱可能。パージして楽しめる内部ディテール
各関節部はビニール素材によるシーリングで質感再現
各部にに実装されたミサイルハッチは開閉可能 全段発射形態も再現できる
コックピットハッチは左右脇部分まで展開、足裏ツメも可動できるほか、胸ダクトは2パターンから選択可能
エマージェンシーポッドは変形ギミック搭載 内部への収納も可能
各種武装の細かなスライド機構まで実装
バックパックの各種アームは独立可動ギミックを搭載 臨場感あふれるポージングが可能
(amazonより転載)


 ただ、残念なのは私はまだ『サンダーボルト』を全話観ていないということだ。ガンダムが登場して圧倒的な性能を見せたのまでは良かったがその先どうなるのかが全く分からない。wikipediaにストーリーが書いてあるがアニメ好きの私としては何も知らない状態でアニメを観たい!という気持ちなのでネットで調べたりマンガを読んでしまったりはしないのだ。



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私の価値観をちょっとだけ変えた本




 ズバリ、『嫌われる勇気』だ。この本は以前紹介しているけど、内容は簡単に言うと一般の心理学というのは、事象が起こった時、その原因は過去にあると考える。所謂「トラウマ」とかは典型的な過去に原因を求めた結果だ。


 それに対してアドラー心理学は目的があると考える。要するに自分の目的を果たすためにその事象を起こした。と考える。一番分かり易いのが怒りだ。例えば、あなたが何かに頭にきて怒鳴ったとする。普通は当然、原因があり、それに対する怒りが怒鳴るという結果を導き出すと考える。


 しかしアドラーは違う。その人には元々怒りたい、怒鳴りたいという気持ちがある。怒鳴るという目的を達成するために怒鳴る理由を探す。そこに「何か」が起こる。それを理由として怒鳴るという目的を達成するのだ。


 一見すると屁理屈のようだが、私はこの考えは正鵠を射ていると思う。何故なら、周りの怒鳴っている人をみれば分かる。感情的になって怒鳴っている人がいる。その人って誰彼見境なく怒鳴っているかというと違う。一部の頭のおかしい人はそうかもしれないが、ほとんどの「すぐカッとなる人」はちゃんと怒鳴っていい相手を見定めている。


 すぐに怒鳴る上司がいる。その人は自分の人事権を持っている人や怖い人、例えば自分の会社の創業者社長や道端で暴力団員等に対して怒鳴ったりするだろうか。もちろんしない。もし、本当に感情的にすぐ「カッとなる人」だったら当然怒鳴るはずだ。これをしないのは怒鳴るという行為を合理的に判断していることになる。


 こういう視点で周りを観てみると今までとは違ったものが見えてくるはずだ。そして何より観なくてはいけないのは自分自身だ。自分自身が仕事で誰かに対して怒りを持ったとする。誰が考えてもこちらが正しい状況だったとする。しかし待ってほしい。もう一度考えてみよう。その怒りは正義ですか?


 もしかしてそれって、自分自身の普段の不満を発散させる理由を見つけただけなんじゃないのか。その怒りの原因は怒りの対象になった人や事件ではなくて別にあるのではないのか。そう考えると実はほとんどの場合、自分自身に原因があったりする。


 これって、誤解しないでほしいのがこのブログを読んでくれる人を説教しているのではないし、ご教示しているのでもない。こういう考え方もあるよ〜という程度の話だ。何より私自身に語り掛けているという部分が大きい。因みに私は自己啓発本というのは結構嫌いだ。その私がおススメするのだ。ちょっと読んでみて欲しいなぁー。えへへ。



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書評 梅本弘『ガ島航空戦』上




 本書中盤以降で面白いのはガダルカナル島上空での戦闘で米軍カクタス航空隊の搭乗員の口からさかんに零戦「ナゴヤ型」という新型機の存在が報告されることである。この「ナゴヤ型」は今までの零戦と異なり燃料タンクに自動防漏装置を装備し、速度は今までの零戦に比べ圧倒的に高速(F4Fより111キロ速い)で、並外れた機動性を持つという。


 無論「ナゴヤ型」なる新型機は存在しない。これは二号艦戦(三二型)が登場したという情報と戦場での恐怖心から生まれた新型機ではないかと著者は推測している。因みに「ナゴヤ型」として警戒されていたのは通常の零戦二一型であったようだ。


 航空機に関しては度々、me109やハインケル製ドイツ機との空戦を報告している。これはそれぞれ、零戦三二型、二式陸偵を誤認したものと思われる。これは私には結構新鮮だった。私は日本側の戦記やパイロットの手記は随分読んだが、連合国側のものはほとんど読んでいない。高性能の航空機は結構ドイツ製にされてしまっているようだ。




 本書は著者の今までの著書と同じように誤認戦果についても明確にしている。やはり今まで言われていたように連合国側に比して日本側の方が誤認が多いようだ。ファンには残念なことかもしれないが、著名な撃墜王、西澤廣義氏や太田敏夫氏、奥村武雄氏、角田和男氏等も相当の数の撃墜を誤認しているようだ。


 搭乗員に関しては『蒼空の航跡』でその技量の高さを知られる江馬友一飛曹長と推定される零戦が米軍パイロットを驚嘆させるような機動を行ったことや『ゼロファイター列伝』において三上一禧氏が唯一勝てなかったという奥村武雄一飛曹の技量の高さを知ることができる。


 さらに同『ゼロファイター列伝』での日高盛康氏の南太平洋海戦での決断の結果、米軍航空隊に多大な損害を与えたということも知ることとなった。ただ、前にも書いたように「日本が勝ったーばんざーい!」というような気持で本書を読むことはできない。


 本書を読んでいて一番感じたのは、R方面部隊を始めとする水上機隊の活躍である。水上機は周知のようにフロートを付けていることから通常の戦闘機に比べ機動性が劣る。にもかかわらずかなりの善戦をしていることが分かる。場合によっては米軍戦闘機隊と互角以上の戦いをしている場合もあり、そうでなくても米軍爆撃機から船団を護ることに関しては水上機隊の攻撃により爆撃を反らしたりとかなりの活躍をした。



ガ島航空戦上: ガダルカナル島上空の日米航空決戦、昭和17年8月-10月

商品の説明
上巻では、ガ島進攻の中継ぎとなる航空基地が整備されるまでの間、基地防空、船団の上空警戒、偵察、飛行場薄暮攻撃と八面六臂の活躍をしていた水戦、零観など水上機隊の戦闘記録も数多く掲載。これら水上機をはじめ、零戦、陸攻、艦爆、大艇などによる空戦記録を一例ごとに日米両軍の一次資料からの損害記録で照合、両軍共に過大に流れやすい撃墜戦果報告の実数、実態を追究している。
(amazonより転載)


 本書で私が一番感じたのは、米軍のパイロットは撃墜されても多くが救助されているのに対し、日本の搭乗員はそのほとんどが戦死している。それは防弾性能の悪い機体が主要な原因であり、それにより米軍に比して搭乗員の練度の低下を招いた。結局、日本軍の人命軽視の姿勢が日本空軍の戦力を奪っていくのだ。

書評 梅本弘『ガ島航空戦』上,鯑匹燹



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書評 梅本弘『ガ島航空戦』上




 本書は私にとっての名著『海軍零戦隊撃墜戦記』を上梓した梅本氏の新刊である。本書の特徴は著者が日米豪英等のあらゆる史料から航空戦の実態を再現していることだ。これは想像通りかなりのハードな作業だ。相当な時間がかかったと推測される。


 『海軍零戦隊撃墜戦記』は宮崎駿氏おススメの本で、有名なラバウル航空戦の後半部分を史料を元にして再現したものだ。後半部分というのは私の憧れ、岩本徹三飛曹長が活躍した時期の前後だ。本書はそのラバウル航空戦の初期の戦いについて記している。


 私が特に興味を持ったのは、零戦隊以外にも水上機部隊の活躍を克明に描いていることだ。ラバウル航空戦というと零戦隊の活躍ばかりが取沙汰されるが、零戦隊進出以前から水上機隊の戦いがあったことを知る人は少ない。


 水上機の戦闘記録をここまで克明に再現したのは本書が初めてではないだろうか。日本海軍最後の複葉機、零式観測機、通称零観の活躍や零戦にフロートを付けた二式水戦の活躍が描かれている。さらに九七大艇や二式大艇対B17の戦い等の記録も貴重だ。


 内容は日時から双方の損害、消費弾薬量にまで至る。かなり緻密に調べている。『海軍零戦隊撃墜戦記』では内容が単調で読むのが辛いという意見もあったが、私にはかなり興味深く読んだ。もちろん戦死した人数名前までも調べられる限り調べている。


 一般にラバウル航空戦は前半が日本の圧勝、後半は互角か苦戦というように考えられていると思うが、実際の航空戦を見ると、初期の戦いから空戦の度に日本側が大きな損害を出しているのが分かる。撃墜、行方不明の機数で言えば日本側が若干劣勢という程度であるが、戦死者の数は日本側が圧倒している。


 なぜそうなるのかというとアメリカ側は撃墜されても搭乗員が比較的救助されているのに対して日本側は防弾装備の不備によって「一発着火」していまうことや侵攻作戦であることもあり、生存率は低い。結局、総合的に見ると飛行機の損害は同じようでも日本側が一方的に多数の熟練搭乗員を失っているのが分かる。



ガ島航空戦上: ガダルカナル島上空の日米航空決戦、昭和17年8月-10月

商品の説明
上巻では、ガ島進攻の中継ぎとなる航空基地が整備されるまでの間、基地防空、船団の上空警戒、偵察、飛行場薄暮攻撃と八面六臂の活躍をしていた水戦、零観など水上機隊の戦闘記録も数多く掲載。これら水上機をはじめ、零戦、陸攻、艦爆、大艇などによる空戦記録を一例ごとに日米両軍の一次資料からの損害記録で照合、両軍共に過大に流れやすい撃墜戦果報告の実数、実態を追究している。
(amazonより転載)


 結局、救助されて再出撃することによって経験を積むアメリカ側搭乗員に対して搭乗員を消耗していく日本側というのが印象的だ。梅本氏以外の著作でもヘンリー境田『源田の剣』は彼我の搭乗員の氏名やその後まで調べているが戦闘というのは「人が死んでいる」というのがよく理解できる。


 戦記物は結構、「やった〜!日本の勝ちだ〜」というようにゲーム感覚で読んでしまいがちであるが、毎回の戦闘で死亡した彼我の兵士の人数、氏名を記されることによってゲーム感覚での読書を防いでくれる。


梅本弘『ガ島航空戦』上へ続く


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味噌ぶりNoodleみやみや(聖蹟桜ヶ丘)

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 聖蹟桜ヶ丘のラーメン屋「味噌ぶりNoodleみやみや」に行ってきた。こんなことを書くと私がどこに住んでいるのか分ってしまう・・・。まあ、それはそれとして、結構衝撃的だったので記事にしてみました。何が衝撃的かというと、要するにおいしかったのですよ。


 私は特にラーメン好きではないし、このブログをラーメンブログにしようとも思っていない。最近、聖蹟桜ヶ丘付近に新しい飲食店が次々とオープンしているので何となく行ってみたのだ。新店って気になるのだ。


 ということでいってみた。取りあえず私はさっぱり系が好きなので醤油ラーメンを注文してみる。醤油ラーメンは写真の通り。見た目がすごく綺麗なのだ。んで、味はというと、これが出汁が良く効いていてすごくおいしい。チャーシューもやわらかくジューシー。


 私はあまり味を表現する語彙がないのでおいしいとしか言えないが・・・。あまりにも良かったのでまた行ってみたのだ。今度は味噌ラーメンとチャーシュー丼?を頼んでみる。


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 この店の面白さは見た目がすごく綺麗な所。このラーメンとチャーシュー丼を見て食欲がそそられない人がいたらそいつぁーもぐりだ(何の?)ただ、残念なことに味噌ラーメンは正直、醤油ほどは美味しくなかった。味噌が売りの店で醤油の方が旨いというのは結構意外だった。


 何というか、味が平均的なんですよ。もちろん美味しいが、平均的な美味しいラーメンという感じ。麺も醤油と味噌で変えている。だけど、何か今一つ個性が出てないというのが正直な感想。チャーシュー丼は見ての通り非常においしかったが、タレ等があればもっと美味しかったと思う。


 因みに私は基本的にラーメンというのにそれほど興味がないので一つのラーメン屋に二回行くというのはかなり珍しい。これは醤油ラーメンがそれほど美味しかったということだ。但し、醤油ラーメンにしても、味噌ラーメンにしてもチャーシュー丼にしても何かが足りない気がする。


 どれもおいしいのだが、今一つ調和がとれていないというか、何かが足りない。それが何かが私には分らない。是非店の人にはその「何か」を追及してほしいな。ラーメン自体はかなり美味しい。特に醤油ラーメンは聖蹟桜ヶ丘で一番おいしいんじゃないかな?



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書評 戸高一成『海戦からみた太平洋戦争』




 私は実はかなり読書が好きなのだ。面白そうな本を見るとつい買ってしまう。それはそうと、最近、『海戦からみた太平洋戦争』という本を読んだ。本書は、いわゆる「大和ミュージアム」館長の戸高氏が執筆したものだ。戸高氏は戦後の生まれだが、海軍の関係者に知り合いが多いようで読み応えがある。


 本書は大きく四部構成になっており、太平洋戦争初戦期、中盤期、後期、末期となっている。内容は基本的に海軍の問題点を指摘したもので、私が知っている限りでは本書で初めて知った情報や独自の分析結果が秀逸だ。


 私が一番興味を持ったのは、真珠湾攻撃やミッドウェー海戦、その他多くの作戦がある時は連合艦隊司令部と軍令部、陸軍と海軍というように上層部間でそれぞれ別個の目的を持って行われたということだ。


 例えば、真珠湾攻撃に関していつも問題になるのが、第二次攻撃を行わなかったことの賛否であるが、本書では山本五十六を長とする連合艦隊司令部と海軍の作戦全般を作成する軍令部との見解の相違があったという。


 連合艦隊司令部は真珠湾攻撃の目的は軍事力の象徴としての戦艦を撃沈することによって米国民の戦意を失わせること。それに対して軍令部はあくまでも南方作戦を行う間、米艦隊を足止めするのが目的であった。


 軍令部としては一時的に戦艦部隊が使用できなくなればよく、二次攻撃の必要を認めず、山本も南雲司令長官に自身の作戦目的を伝えていなかった。このことから南雲中将は、命令通りに目的を達成し帰還しただけであるという。





 さらにミッドウェー海戦ではフィジー、サモアに進出を考える軍令部とミッドウェーを占領しハワイ攻略を考える連合艦隊司令部の間で作戦の目的が異なっていた。連合艦隊としてはミッドウェー基地攻略のための作戦、軍令部としてはフィジー、サモア攻略のために米国機動部隊を撃滅するのが目的と軍令部、連合艦隊司令部との間で作戦目的が異なっていた。


 このことがミッドウェー海戦の失敗の原因であったという。さらにソロモン方面での戦いはフィジーサモアを攻略するというFS作戦が中止されているにも関わらず、FS作戦の前段階であるガダルカナル島での飛行場建設を続けていた。


 ガダルカナルが攻略され、その奪還作戦においても、機動部隊には「ガダルカナル島奪還と共に敵機動部隊を撃滅」という二つの目標が設定されていた結果、機動部隊は陸軍のガダルカナル島奪還作戦を支援することが出来なかった。


 以降も作戦計画や人事等のソフト面での海軍の問題点が原因で効率的な戦闘が行えなかったことや日本海軍の砲撃が実際にはほとんど命中していなかったこと、さらに酸素魚雷の性能があまりにも良すぎたために日本海軍は水雷戦に敗北した等、面白い指摘である。



海戦からみた太平洋戦争

商品の説明
昭和の日本海軍はなぜ、日露戦争の“完全勝利”再現に失敗したのか?真珠湾攻撃後の最大の問題は、日本国民はもとより、日本海軍の当局者もすべて攻撃の成功にすっかり酔ってしまい、作戦実施上の問題を真剣に検討しなかったことにある。連合艦隊司令部は、図上演習で予想された艦隊の不備に対策を講じることなく、作戦強行のため、希望的観測に終始するようになっていった。そして迎えた、ミッドウェー海戦―。
(amazonより転載)


 本書は800円程度という低価格の割には内容が濃い。書籍や史料からの情報だけでなく、直接関係者から聞いた情報も多く含まれているので内容に迫力がある。私は時間をつぶすために本書を購入したのであるが、何時間もかけて熟読してしまった。それほど面白い内容であった。



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書評 木俣慈郎『高速爆撃機銀河』




 銀河は太平洋戦争後期に登場した陸上爆撃機である。当時、海軍には機種区分に陸上と艦上があり、空母に搭載できるのが艦上、それ以外が陸上だ。そして大きく区分すると戦闘機、攻撃機、爆撃機、偵察機がある。つまり空母で運用する戦闘機は艦上戦闘機、爆撃機は艦上爆撃機となる。


 銀河は空母で運用することを想定していない爆撃機なので陸上爆撃機となる。陸上爆撃機は銀河が海軍で初の機種だったはずである。爆撃機というのは急降下爆撃が可能な攻撃機をいう。


 銀河はという機体は珍しく、民間会社が設計したものではない。海軍の空技廠という研究、開発をする機関が独自に開発したものであった。当時の最先端の技術を使用されている反面、コストや生産効率を度外視したものが開発されることが多い。


 この銀河も最高速度546劼罰し海寮能要求を上回る高速であったが、生産効率が悪く、現場での運用も大変だったようだ。


銀河 概要
銀河(ぎんが)は大日本帝国海軍(以下、海軍)が開発・実用化した双発爆撃機。海軍の航空機関連技術開発を統括する航空技術廠(以下、空技廠)が大型急降下爆撃機として開発した機体だが、一式陸上攻撃機(以下、一式陸攻)の後継機として太平洋戦争後半の戦いに投入された。
(wikipediaより一部転載)
 さらに詳しい情報を知りたい方はこちら(wikipedia)


 本書はタイトルの通り、陸上爆撃機銀河に焦点を当てた作品である。この手の航空機を中心に描く書籍は多くあるが、本書で結構意外だったのは、銀河の戦歴について主に記述されていることだ。大体、この手の本はまず、その航空機の性能要求が出された時代背景を描く、もしくは性能要求から始まり、その後、設計者の話、開発、生産、そして実戦配備から運用、終戦という構成になっているものがほとんどだ。


 つまりは航空機を本内で一回作って運用しているようなものだ。しかし本書は設計についての話はあまりない。冒頭に技術者の話と設計の話が少し出てくるが大半は銀河の運用、つまりは戦歴について書かれている。この構成はユニークだが、通常の航空機に興味のある人にとっては物足りないかもしれない。


 私は基本的に歴史が好きなので、むしろ本書の構成に好意的である。本書は銀河が参加した作戦を網羅しているようだ。「ようだ」というのは私自身が銀河の作戦について調べた訳ではないからだ。当然のようにおおよそは時系列に沿って書かれているので辞書的な使い方ができる。


 大戦中の航空機に関しては秋本実『日本軍用機航空戦全史』が日本の航空機を網羅している名著であるが、銀河の戦歴に関しては恐らく本書の方が詳しいだろう。因みに『日本軍用機航空戦全史』は全5冊の大著であるが、辞書としてかなり活用できるので大戦中の日本の軍用機ファンであれば購入しておいて損はない。


 それはともかく、本書は基本的に銀河の戦歴の資料だと思った方がいい。銀河が参加した作戦とそのアウトラインはよく分かるが、銀河に関わった設計者や搭乗員というところまで広げて考えると若干の物足りなさはある。


 銀河は特攻機としても使用されているが、その特攻に関する記述も搭乗員を中心に描く神立尚紀氏や丹念にインタビューを行っているだろう渡辺洋二氏等の著書とは異なり、事象と数量という感じで淡々と記述されている。


 これは恐らく著者が生存者へのインタビューより書籍を渉猟することを優先させた結果だろうと思う。これは私の推測だが、他の作家が関係者へのインタビューを要所要所に織り込みながら話を展開させるのに比べ、本書は関係者の証言が全くないことからも史料を中心としたデータを元に完成させたものではないかと思う。



高速爆撃機「銀河」 (光人社NF文庫)

商品の説明
太平洋戦争の最後の一年間だけ活躍した高性能爆撃機「銀河」―急降下爆撃と雷撃能力を合わせ持ち、戦闘機の追撃を振りきる速力を与えられた万能機。空技廠が戦時下の苛酷な状況下に生み出した不世出の名機の全貌を綴る感動のノンフィクション。サイパンB29基地爆撃行、沖縄特攻、梓隊など銀河の航跡を描く。
(amazonより転載)


 それでも前述のように銀河戦史の資料として活用するには有効だと思う。因みに銀河なら銀河の戦歴を調べる際は、著者によって事実誤認や主観が入るので、出来るだけ違う著者の本を多く読むのがいい。そうすることで逆にいろいろな著者の視点や価値観が分かって面白い。



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ハートフォード HWモデルガン モーゼルHSc




 相変わらずマニアックな製品を発売するHWS。今回発売した新製品はモーゼルHSCだ。モーゼルHSCは今ではマニアックな銃だが、かつては大藪春彦の小説に頻繁に登場する割と有名な銃だった。HSCは、とんでもなくマニアックな銃を発売するHWSの製品にしては結構メジャーな銃といえる。


 この銃は1937年に開発され、3年後の1940年に生産開始された。開発から生産まで3年もかかっているというのは何か理由があったのだろうか。第二次世界大戦が始まったので生産の優先度が低く後回しにされたのかもしれない。


性能

口径.32口径(7.65mm) .38口径(9mm)
銃身長86mm
使用弾薬.32ACP弾(7.65mm×17).380ACP弾(9mm×17)
装弾数8+1発(.32ACP弾) 7+1発(.380ACP弾)
作動方式ダブルアクション ストレートブローバック
全長160mm
重量596g
銃口初速290m/s
有効射程40m
(wikipediaより転載)

概要
 3種類の口径があり、小さい順に22口径 (5.6mm)、32口径 (7.65mm)、38口径 (9mm) となる。HSは"Hahn-Selbstspanner"の略(ドイツ語で「ダブルアクション」)で、cは3番目に開発された事を表している。

警察用に開発されたワルサーPP(PPKも含む)と比べるとHSc独特の直線を基準にしたデザインは、軍用拳銃の条件の一つである「製作が容易で、戦時下で需要が増した場合でも大量生産できる事」を計算にいれて設計されたと思われる。
(wikipediaより一部転載)
 さらに詳しい情報を知りたい方はこちら(wikipedia)


 HSCの実銃について調べていて意外だったのは、ワルサーPPよりもだいぶ後に開発された銃だったということだ。同じサイズで同じドイツ製だったので特に考えもなく同時期だと思ってしまっていた。まあ、大きなスパンで見れば同時期と言えないこともない。


 生産終了がいつだったのかは分からないが1945年にモーゼル社は解散させられたのでそれ以前である。戦後、1968年〜1977年まで再生産された。ここでモーゼル社が生産したHSCの歴史は幕を下ろすのだが、その後も別の会社が生産を続けているようだ。詳しくは分からない。


 グリップアングルがあまり良く無かったこともあり、命中精度はあまり良く無いようだ。モデルガンでは、この独特のデザインはガンマニアの興味を惹いたようで、MGCがモデルアップしている。どうもコクサイも出していたようだが、私は知らない。


 1980年代の後半、マルシンが固定スライドガスガンとしてモデルアップしている。このシリーズは私が子供の頃だったので覚えているが、全体的にあまり完成度の高いモデルではなかったと記憶している。


 古いファンにとっては知名度のある銃なので、かなりモデルアップされている印象があったのだが、実際は、数社がモデルアップしているだけだったようだ。今回、HWSが発売したHSCは間違いなく、今まで発売されたHSCの中では最高の出来であることは間違いない。


 内部構造についてはHWSのことだ忠実に再現しているだろう。素材は黒染めや塗装はしていないナチュラル仕様だそうだ。これは購入したユーザーが表面仕上げをすることが前提となっていると考えていい。


 無論、このままでもリアルなのだが、せっかくなのでブルーイングに挑戦するのが楽しみ方としてはいい。というのは、このHSC、画像を見ていただければ分かるが、デザインがシンプルであり、ブルーイング初心者にとってはうってつけの素材だからだ。


 唯一面倒だと思うのはスライドのセレーションを磨き上げることくらいだろう。あとは磨いてブルー液に浸けるだけで「それなりの」ブルーイングが完成する。「それなりの」とわざわざ書いたのはブルーイングの世界は奥深いからだ。



ダミーカートリッジ式 HWモデルガン モーゼルHSc

商品の説明
 ドイツの貴婦人とも呼ばれる優雅なデザインを再現!・シリアル185500番以降の3行ライン入り刻印スライド・技術立国ドイツならではの独自メカを完全再現・軍用銃らしくHWナチュラルでリリース・木製グリップ標準装備
(amazonより転載)


 今日は、HWSのモーゼルHSCについて書いてみた。実銃の画像を観ると、あまり綺麗なブルーイングはされていなかったようだ。まあ、戦中モデルなので当然かもしれない。ブルーイングはわざと雑に仕上げた方が実物に近くなる気がする。ただ、デザインが美しいので深いブルーも似合うと思う。楽しみ方はいろいろある。



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日本海海戦に活躍した装甲巡洋艦




 前回に引き続き、日本海海戦に参加した装甲巡洋艦について書いてみたい。因みに前回はこちら


装甲巡洋艦 常磐(第二艦隊第二戦隊所属)

性能
排水量 常備:9,700トン
全長 134.72m(垂線間長 124.36m)
全幅 20.45m
吃水 7.43 m
機関 円缶12基
直立型三段膨張式四気筒レシプロ機関2基2軸推進 18,000hp
最大速 21.5ノット
航続距離 7,000海里(10ノット時)
兵員 726名
装甲 主水線帯 88-180ミリメートル
上部水線帯 125ミリメートル
甲板 50ミリメートル
兵装 20.3cm砲4門
15.2cm砲14門
45.7cm水上魚雷発射管単装1基
45.7cm水中魚雷発射管単装4基
(wikipediaより転載)


概要
常磐(ときわ/ときは)は、大日本帝国海軍の装甲巡洋艦。浅間型装甲巡洋艦の2番艦。フィリップ・ワッツの設計によるもので、イギリスのアームストロング・ホイットワースが、売却用に見込み生産していたものを購入したものである。
(wikipediaより一部転載)
 さらに詳しい情報を知りたい方はこちら(wikipedia)


 この常磐は1899年に竣工した。その後1904年に蔚山沖海戦、1905年に日本海海戦に参加した。他の戦艦、巡洋艦の例に漏れず1921年に海防艦となった。そして1922年敷設艦に類別変更された。敷設艦とは機雷を敷設する艦船のことである。常磐は1941年、クェゼリン環礁で海戦を迎える。日本海海戦に参加した巡洋艦でもっとも最前線にいた艦ではないだろうか。1942年、クェゼリン環礁で米艦載機の襲撃を受けるが大損害を受けることなく佐世保に帰港した。


 その後、再度マーシャル諸島に進出し1943年に横須賀に帰港した。1944年になると日本近海に米潜水艦が出没することから機雷の敷設の必要性が高まり、日本近海に機雷を敷設しまくった。1945年8月9日、大湊で米任務部隊の空襲を受け損傷し、浸水したが沈没には至らなかった。しかし終戦を迎え、乗員が去っていくなかで排水作業が不可能となり擱座した状態で終戦を迎えた。1946年〜1947年にかけて解体された。


 前出の出雲が基本的に後方にいたのに対してこの常磐はマーシャル諸島で開戦を迎え、南方に再度進出したり、米潜水艦が遊弋する外洋での作業を多く行う等結構危険な場所での作業が多かった。その割には太平洋戦争を戦い抜き戦後日本の発展のために解体されるという名誉ある最後を遂げるのであった。


装甲巡洋艦 八雲(第二艦隊第二戦隊所属)

性能
排水量 基準:9,695トン
全長 124.7m、水線長:124.65m
全幅 19.6m
吃水 7.2m 
機関 ベルヴィール式石炭専焼缶24基
直立型三段膨張式四気筒レシプロ機関2基2軸推進 15,500hp
最大速 20.5ノット
航続距離 10ノット/7,000海里
兵員 648名
装甲 舷側装甲:178mm
上部水線帯:-mm
甲板装甲:51mm
主砲塔装甲: -mm(前盾)、-mm(側盾)、-mm(後盾)、-mm(天蓋)
バーベット部:-mm
司令塔:356mm
兵装 20.3cm(45口径)連装砲2基
15cm(40口径)単装砲12基
8cm(40口径)単装砲12基
47mm単装砲12基
45.7cm水上魚雷発射管単装1基
45.7cm水中魚雷発射管単装4基
(wikipediaより転載)


概要
八雲(やくも)は大日本帝国海軍が日露戦争前にドイツから購入した最初の装甲巡洋艦。六六艦隊の装甲巡洋艦の第一期拡張計画で整備された艦で、日露戦争から太平洋戦争の戦後まで活動した。
(wikipediaより一部転載)
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 八雲は息の長い艦であった。1900年に竣工し、日本海海戦に参加、その後練習艦として1939年まで使用された。太平洋戦争開戦後の1942年に海防艦から巡洋艦に類別変更され、対空戦闘にも従事したようだ。そして何と太平洋戦争を生き抜き、復員船として活躍した。日本海海戦の主力艦が太平洋戦争終結後も運用されたというかなり稀な事例である。1946年舞鶴で解体される。


装甲巡洋艦 浅間(第二艦隊第二戦隊所属)



性能
排水量 常備:9,700t
全長 134.72m
全幅 20.45m
吃水 7.42m
機関 円缶12基
直立型三段膨張式四気筒レシプロ機関2基2軸推進 18,000hp
最大速 21.5kt
航続距離
乗員 726名
装甲 主水線帯 88-180ミリメートル
上部水線帯 125ミリメートル
甲板 50ミリメートル
兵装 20cm(45口径)連装砲2基4門
15.2cm(45口径)単装速射砲14基14門
8cm(40口径)単装速射砲12基12門
4.7cm単装速射砲砲8門
45.7cm水上魚雷発射管単装1基
45.7cm水中魚雷発射管単装4基
装甲 舷側:178mm(水線最厚部)、89mm(水線末端部)
甲板:51mm(平坦部)、76mm(傾斜部)
主砲塔:152mm(最厚部)
主砲バーベット:152mm(最厚部)
司令塔:356mm(側盾)、76mm(天蓋)
(wikipediaより転載)


概要
浅間(あさま)は、大日本帝国海軍に所属した装甲巡洋艦の1隻で浅間型装甲巡洋艦のネームシップである。艦名は群馬県と長野県の境にある「浅間山」にちなんで名づけられた。この名を持つ日本海軍の艦船としては2隻目。
(wikipediaより一部転載)
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 浅間は華々しい活躍とはあまり縁のない巡洋艦だったようだ。日露戦争では日本海海戦に参加するも戦闘初期に舵が故障し集中砲火を浴びてしまった。1915年にはメキシコで座礁し、1935年には広島湾でまた座礁してしまう。沈没は免れた。


 1942年、経年劣化のため、主砲、副砲を撤去し、特務練習艦として終戦まで生き延びる。日露戦争時の艦艇を調べていて思うのは、多くの艦艇が太平洋戦争にも参加しているということだ。もちろん主力艦として参加することはないが、特務艦、工作艦等で参加している。この浅間も特務練習艦として終戦まで生き残り戦後解体された。


装甲巡洋艦 磐手(第二艦隊第二戦隊所属)



性能
排水量 9,750t
全長 水線長:132.28m
全幅 20.94m
吃水 7.37m
機関 ベルヴィール式石炭専焼水管缶24基
直立型三段膨張式四気筒レシプロ機関2基2軸推進
最大速 20.75ノット
兵員 648名
兵装 20.3cm連装砲塔2基
15.2cm単装速射砲14門
12ポンド単装速射砲12門
2.5ポンド単装速射砲8門
45.7cm水中魚雷発射管単装4門
(wikipediaより転載)


概要
磐手(いわて/いはて)は、大日本帝国海軍の装甲巡洋艦。出雲型装甲巡洋艦の2番艦。1901年(明治34年)3月18日、アームストロング社にて竣工し領収。翌日19日に日本へ回航。同年5月17日、横須賀に到着した。

日露戦争時には最新鋭の装甲巡洋艦として第二艦隊の第2戦隊に所属し、殿(しんがり)艦を「磐手」、旗艦を姉妹艦の「出雲」が務めた。後方を任される殿艦は敵の攻撃が集中しやすく蔚山沖海戦や日本海海戦に参加した際には大きな被害を出している。
(wikipediaより一部転載)
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 私の好きな装甲巡洋艦出雲の二番艦として1901年にアームストロング社で建造された。日本海海戦に参加したのちは練習艦として運用される。1945年7月24日の呉空襲で撃沈される。歴代艦長の中には米内光政、角田覚治がいる。


 日本海海戦に参加した艦艇の多くは、太平洋戦争にも参加したが、そのまた多くは1945年の呉空襲で撃沈されてしまったようだ。逆に考えるとアメリカ軍の呉空襲って意味があったの?とちょっと思ってしまう。


 撃沈された多くは旧式艦な上にこの当時、日本には石油が欠乏していたので現用戦艦すらも運用できない状態であった。日本海軍としては今後使うことのない廃品を沈められたという状況だ。戦術上、呉を空襲する意味があったのかは疑問。まあ、戦略的な意義があったのかもしれないが私はよく分からない。



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日本海海戦で活躍した装甲巡洋艦




 今日のテーマは日本海海戦で活躍した装甲巡洋艦。以前、日本海海戦で活躍した戦艦というテーマで書いたところ、たった一人だけ「拍手」をくれたので気を良くして第二弾を企画してみました。日露戦争当時、戦艦に次いで強力は破壊力を誇ったのが今日紹介する装甲巡洋艦だ。んん?「そうこうじゅんよーかん?」何それ??という声が聞こえてきそうなのでまずは装甲巡洋艦とは何かということから始めて行きたい。


 装甲巡洋艦とは戦艦には及ばないにしても格下の艦相手には十分な装甲を持ち、速力も戦艦よりも若干上回ったようだ。要するに準戦艦と考えて良い。日本海海戦に参加した装甲巡洋艦はトン数こそ1万トン以下であり、戦艦には遠く及ばないものの、速力は全艦20ノット以上を出すことができた。戦艦三笠の最高速度が18ノットであることを考えると割と速い。


 日本海海戦に参加した戦艦が実は4隻のみだったのに対して装甲巡洋艦は8隻が戦闘に参加した。その8隻の特にその後についてみてみよう。私は昔からどうしても歴史上の偉人、有名な物のその後が気になってしまうのだ。人物にしても歴史上に輝く業績を上げたことはみんな知っているがその後のことはあまり知られていない場合が多い。結構、意外な「へー」があるものなのだ。ということで早速見てみよう。 



装甲巡洋艦 春日(第一艦隊第一戦隊所属)



性能
排水量 基準:7,700t
全長 105.0m
全幅 18.7m
吃水 7.29m
機関 石炭専燃円缶8基
+直立型三段膨張式三気筒レシプロ蒸気機関2基2軸推進
最大速 20.0ノット
航続距離
兵員 562名
装甲
兵装 25.4cm(40口径)単装砲1門
20.3cm(45口径)連装砲2門
15.2cm(40口径)単装砲14門
7.6cm(40口径)単装砲8門
45.7cm水中魚雷発射管単装4門
(wikipediaより転載)


概要
 春日(かすが)は、日露戦争で活躍した旧日本海軍の春日型装甲巡洋艦の1番艦。一等巡洋艦(装甲巡洋艦)に類別された。同型艦は日進。
(wikipediaより一部転載)
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 当時の艦船に日本製は少ない。この春日も名前こそ日本風であるが、イタリア製である。アルゼンチンが発注したものであるが、それを日本が購入した。日露戦争では黄海海戦に参加したのち、日本海海戦に参加、その後、第一次世界大戦にも参加した。大正10年に海防艦となるが、それまでに二度座礁している。どうも座礁と縁のある艦であった。その後、練習艦、海防艦と艦種が変わり、太平洋戦争の最中の1942年に再度練習艦となる。終戦間際の1945年に空襲を受け大破着底した。戦後引き上げられ解体された。


装甲巡洋艦 日進(第一艦隊第一戦隊所属)



性能
排水量 基準:7,700t
全長 105.0m
全幅 18.7m
吃水 7.29m
機関 石炭専燃円缶8基
+直立型三段膨張式三気筒レシプロ蒸気機関2基2軸推進
最大速 20.0ノット
航続距離
兵員 568名
装甲
兵装 20.3cm(45口径)連装砲4門
15.2cm(40口径)単装砲14門
7.6cm(40口径)単装砲8門
45.7cm水中魚雷発射管単装4門
(wikipediaより転載)


概要
 日進(にっしん)は、日露戦争で活躍した旧日本海軍の春日型装甲巡洋艦の2番艦。一等巡洋艦(装甲巡洋艦)に類別された。同型艦は春日。
(wikipediaより一部転載)
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 春日と共に日本が購入した装甲巡洋艦の一つ。この艦には当時、少尉候補生だった山本五十六が乗艦していた。さらにアルゼンチン海軍の観戦武官も乗艦していたという結構面白い艦だ。大正元年に乗組員の放火によって火薬庫が爆発する。華やかな海軍の内側ではとても言えないこともあったのだろう。その後第一次世界大戦では南洋の警備にあたる。1921年に海防艦となり1935年に廃艦となる。





装甲巡洋艦 出雲(第二艦隊第二戦隊所属)



性能
排水量 9,750t
全長 121.92m
全幅 20.94m
吃水 7.37m
機関 ベルヴィール式石炭専焼水管缶24基
直立型三段膨張式四気筒レシプロ機関2基2軸推進
最大速 20ノット
兵員 672名
兵装 20.3cm連装砲塔2基
15.2cm単装速射砲14門
12ポンド単装速射砲12門
2.5ポンド単装速射砲8門
45.7cm水中魚雷発射管単装4門
兵装(最終時) 八九式12.7cm(40口径)連装高角砲2基
15.2cm(40口径)単装速射砲4基
三年式8cm(40口径)単装高角砲1基
九六式25mm三連装機銃2基
九六式25mm連装機銃2基
九六式25mm単装機銃4基
九三式13.2mm単装機銃2基
(wikipediaより転載)


概要
出雲(いずも)は、大日本帝国海軍の出雲型装甲巡洋艦の1番艦。日露戦争や第一次世界大戦、支那事変に参加し、太平洋戦争で戦没するまでの45年間現役にあった。
(wikipediaより一部転載)
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 私が日露戦争当時の艦艇を調べるようになって結構驚いたのが、当時の艦艇って意外と寿命が長い。廃艦になったりした艦もあるが、多くが太平洋戦争中に撃沈されている。これらの艦艇の中で特に異彩を放つのがこの装甲巡洋艦出雲だ。この出雲、撃沈されるまでの生涯でこれほど「旗艦」を務めた艦もないのではないだろうか。


 日本海海戦では第二艦隊旗艦、戦後は第一艦隊旗艦、第一次世界大戦では遣米艦隊旗艦、続いて第一特務艦隊旗艦としてインド洋に派遣される。その後練習艦、海防艦として活躍するが、1932年2月、日中関係の悪化によって中国方面の艦隊を統率する第三艦隊の旗艦となる。その後さらに第四艦隊も加えた支那方面艦隊の旗艦となる。


 その後、支那方面艦隊は規模を縮小され、第三艦隊は第一遣支艦隊と改名される。ここでも当然旗艦だ。ここで出雲は太平洋戦争開戦を迎えるが、太平洋戦争の熾烈化に伴い、第一遣支艦隊は艦隊の体をなさなくなった。1943年8月20日、やっと出雲は内地に帰還することとなる。1945年7月24日、米軍の空襲により至近弾を受け大破着底、1947年に引き上げられ解体されている。やたらと「旗艦」な出雲なのであった。


装甲巡洋艦 吾妻(第二艦隊第二戦隊所属)

性能
排水量 基準:9,326トン
全長 135.9m、水線長:131.3m
全幅 18.1m
吃水 7.2m 
機関 ベルヴィール式石炭専焼缶24基
直立型三段膨張式四気筒レシプロ機関2基2軸推進 17,000hp
最大速 20.0ノット
航続距離 10ノット/7,000海里
乗員 644名
兵装 20.3cm(45口径)連装砲2基
15cm(40口径)単装砲12基
8cm(40口径)単装砲12基
47mm単装砲12基
45.7cm水上魚雷発射管単装1基
45.7cm水中魚雷発射管単装4基
装甲 舷側装甲:88〜178mm
上部水線帯:125mm
甲板装甲:102mm
主砲塔装甲:150mm(前盾)、-mm(側盾)、-mm(後盾)、-mm(天蓋)
副砲ケースメイト:50〜150mm
バーベット部:150mm
司令塔:356mm
(wikipediaより転載)


概要
 吾妻(あづま)は、大日本帝国海軍が日露戦争前にフランスのロワール社から購入した最初期の装甲巡洋艦。艦名の由来は福島県北部の吾妻山。本艦は六六艦隊の装甲巡洋艦の第一期拡張計画で八雲型に次いで整備された艦である。
(wikipediaより一部転載)
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 この艦はフランス製。この当時の日本にはいろいろと外交上の苦労があったようだ。日本へ回航されたのち第二艦隊第二戦隊に所属する。蔚山沖海戦、日本海海戦に参加する。その後、練習艦となる。第一次世界大戦に参加したのち海防艦に艦種替えとなる。就役したのが1900年であるだけに、太平洋戦争中の1944年に老朽化のために除籍され横須賀に係留されるが、米軍の空襲によって大破着底した。戦後解体される。太平洋戦争中に「老朽化のため」除籍されるという一風変わった最後であった。日本海海戦で活躍した装甲巡洋艦へ続く。



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感想 機動戦士ガンダム サンダーボルト




 機動戦士ガンダムはアニメ界にとってのエポックメーキングであった。具体的に書き出すとキリがないが、ガンダムの続編、サイドストーリーの多さや放映から40年近く経っている現在においても新作のガンプラが発売され続けていることからも窺えると思う。


概要
 宇宙世紀0079年12月、一年戦争末期。ジオン公国軍の拠点はア・バオア・クーを残すのみとなっていた。地球連邦軍はジオンにとって重要な補給路である「サンダーボルト宙域」の制宙権を奪還すべく幾度もMS部隊を派遣するが、スナイパーMS部隊「リビング・デッド師団」によってことごとく退けられていた。一方、連邦内の旧サイド4「ムーア」の再興を悲願とする一団「ムーア同胞団」も、連邦に対し貢献度を示すことを目的に艦隊を派遣する。

強力無比な武装や装甲を追加した最新鋭機「フルアーマーガンダム」と、リユース・P・デバイス(以下「RPD」)を装備した実験機「サイコ・ザク」の戦いなど、さまざまな激戦の末に双方の艦隊は壊滅する。ムーア同胞団の生存者たちは、ジオン軍の艦艇「ドライドフィッシュ」を占拠することに成功するが、リビング・デッド師団の救援に駆け付けたジオン軍の「セイレーン機動艦隊」の捕虜となる。ムーア同胞団の生存者たちは、ア・バオア・クー戦の混乱に乗じたかたちで脱出に成功し、終戦を迎える。
(wikipediaより一部転載)
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 サイドストーリーは、『ポケットの中の戦争』から始まり、『機動戦士ガンダム0083』、『機動戦士ガンダム第08MS小隊』、最近では、『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』等数多く制作されている。私はこれらを観る視点の一つとして「戦争を知らない世代が戦争をどう表現するのか」というものがある。


 戦争の残酷さ、悲惨さ、そして逆に戦争に惹かれてしまう人間という、戦争という極端な事象をどういう風に表現するのかということだ。これに関しては戦中派の作品は生々しい。自身が戦争経験があるので当たり前といえば当たり前だ。


 しかし戦争を知らない世代というのはそうはいかない。戦争の悲惨さを表現しようとしても『銀河英雄伝説』のように手足のちぎれた兵士が「お母さん」と叫びながら死んでいくというようなステレオタイプの表現になってしまうことが多い。


 この『機動戦士ガンダム サンダーボルト』の面白いところは、人の死を表現するというのを諦めたことにあると思う。その代り、戦争の残酷さを表現するためにリビングデット師団という義手義足の部隊を作り出している。死は感覚として理解できないが自分の手足が無くなるというのはある程度理解することができる。


 さらに恋愛を随所に埋め込んでいることも製作者の意図が感じられる。これは恋愛物語ということではない。そこらへんに恋人同士のパイロットがおり、それが死んでいくということを通して戦争の悲惨さを表現しようとしたのだろう。


 実際、これで戦争を表現できているかどうかと言われれば何とも言えないが、試みとしては面白いと思う。これまでのガンダムサイドストーリーとは確実に毛色の異なる作品であるのは間違いない。


 大体、ガンダムの新作が作られるというのはガンプラを売ることが理由の一つだ。だから作品には必ず大量の新型モビルスーツが登場する。私が最初に『機動戦士ガンダム サンダーボルト』の存在を知った時、メカメカしいデザインのいかにも売れそうなモビルスーツを見て「大体内容は想像つくよなぁー」と思っていたが、観てみたら結構、気になってしまう。モビルスーツのデザインも面白い。



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書評 神立尚紀『特攻の真意』




 特攻隊の生みの親と言われる日本海軍の提督、大西瀧治郎。太平洋戦争末期、フィリピン決戦が叫ばれる中、大西瀧治郎の発案により特攻隊は生まれた。それ以前にも個人的に敵に体当たりをしたり、小規模の特攻は命令されていたようだが、大々的に特攻隊が編成されたのはフィリピンが最初である。


 本書は特攻隊生みの親、大西瀧治郎がなぜ特攻を命令したのかを調査した本だ。ことの始まりは零戦搭乗員、角田和男氏が聴いた大西瀧治郎の特攻の真意から始まる。それは

「特攻をすることによって天皇陛下に戦争終結の聖断を仰ぎ、講和のための手段とする」

 ことであったという。この角田氏が聴いた話を当時、大西瀧治郎の副官であった門司親徳氏にぶつける。基本的にこの二人の知った情報により話は展開する。結論は上記のものになるのだが、本書は特攻隊に編成された若者、海軍上層部等をうまく描き出している。


 中には海軍乙事件と呼ばれる連合艦隊の参謀長、福留繁以下がフィリピンで捕虜になり、後日、救出される事件についても言及している。福留参謀長は、本来なら軍法会議にかけられるところを不問に付し、その後栄転することになる。


 これと比較して興味深いのは坂井三郎『大空のサムライ』に登場する下士官陸攻搭乗員達である。彼らは開戦初頭、同じくフィリピンで現地人の捕虜となるが、その後進出してきた日本軍に救出される。


 その後、日本海軍軍人が捕虜になったという事実を消すため戦死させようと最前線に送られる。編隊ではカモ小隊カモ番機といわれる第三小隊三番機のさらに後ろ四番機の位置に付けられ出撃させられる。しかし練度の高い彼らは生き残ってしまう。


 司令部はさらにポートモレスビーへの単機偵察を命じるが、それでも生き残ってしまう。そしてとうとう敵飛行場に体当たりを命じられ戦死する。高級軍人と下士官兵への対応から当時の日本海軍の体質が分かって興味深い。ここらへんの顛末は森史朗『攻防―ラバウル航空隊 発進篇』に詳しい。


 それはそうと私が印象に残ったのは大西瀧治郎の死に方である。特攻を命令した士官の多くは戦後、何事もなかったかのように平和な生活を楽しむのだが、大西瀧治郎は違った。特攻を命じた責任をとるために割腹自殺する。


 それも腹を十文字に切り裂き、さらに首と胸を突いたのち介錯も拒み半日以上も苦しんで死ぬという壮絶なものだった。その後、大西自決を知った中澤佑中将の「俺は死ぬ係じゃないから」や戦後、元特攻隊員になぜ自決をしないのかを問われた猪口力平参謀の「残された者にもいろいろ役目があるんだよ」と苦笑して答えた姿と比較すると何ともいえない。



特攻の真意 大西瀧治郎はなぜ「特攻」を命じたのか (文春文庫)

商品の説明
「特攻隊の英霊に曰す 善く戦ひたり深謝す」。昭和20年8月16日、大西瀧治郎中将はそう書き遺して自刃した。自ら企図した特攻を「統率の外道」と称しながら、なぜ数多の若者に死を命じなければならなかったのか。生存者の貴重な証言をもとに、特攻の父と呼ばれた男の謎に迫る衝撃のノンフィクション!
(amazonより転載)


 本書は戦後、大西の妻が坂井三郎の印刷店の名目上の取締役に就任したことやその裏事情等にも触れていて面白い。大西の副官門司親徳氏の聡明さも私としては印象が強かった。本書は大著ではあるが、本書の解説にもあるように推理小説のように話が展開するのでついつい引き込まれてしまう。本書を読むと著者がどれだけ調査したのかが分かる。良書だ。



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岩本徹三を知るための書籍

230px-Tetsuzo_Iwamoto 私が最も憧れていた、そして今でも一番好きな零戦搭乗員は岩本徹三である。きっかけは近くのスーパーでやっていた古本市だった。そこで零戦撃墜王を発見した。以前、学校にあった飛行機図鑑に載っていた撃墜マークがいっぱいついた零戦のパイロットの名前は確かこの人だったのでは?と思い、中学生にとっては手痛い出費であったが、500円程を支払い購入したのだった。


 内容はとにかく面白かった。そこから憧れて他の搭乗員達についても調べるようになった結果、零戦搭乗員に妙に詳しくなってしまったのだ。もちろん、昔から現在に至るまで同じ趣味を持った人間に出会ったことはない。しかしインターネットとは便利なもので日本中の誰かが同じ趣味を持っている人がいるに違いないのだ。(画像はwikipediaより転載)


 ということで、今回は、私が尊敬して止まない岩本徹三を知るための書籍を紹介したいと思う。まず、初心者への入門という意味で、岩本徹三の特集が組まれている貴重な雑誌『歴史街道 2009年 08月号』を上げておく。岩本徹三のことを知るには良い本だ。この巻はすでに絶版になっているので貴重な本だ。





 そして当然のことながら『零戦撃墜王』を上げない訳にはいかない。これは岩本徹三自身が執筆した貴重な書籍だ。内容には間違いも多く、実際には撃墜していないものも撃墜と書いているが本人の筆ということは非常に貴重である。





 実際の空戦の模様を日本と米国の戦闘行動報告書を元に再現したのが、『海軍零戦隊撃墜戦記3』だ。この3巻に岩本徹三のいたラバウルの空戦模様が克明に記されている。これは値段は少々するが、かなり貴重な資料だ。





 さらに他者から見た岩本徹三ということで、岩本徹三のことが書いてあるものとしては、角田和男著『零戦特攻』がある。太平洋戦争後期、フィリピンで著者を含む熟練搭乗員達が集まって会話をしたくだりに岩本徹三と西沢広義が議論する場面が描かれていることや、岩本徹三が特攻希望者募集に対して「否」を突きつけたことなど興味深い内容である。





 この『零戦特攻』の中で岩本は西沢に「空中戦にまともに入らないで逃げた敵や傷ついた敵ばかりを狙うのは卑怯だ」というような内容を言ったという場面があるが、これは別の搭乗員小町定氏も『ある零戦パイロットの軌跡』や『ゼロファイター列伝』でも語っている。







 太平洋戦争当時、岩本と同じ部隊にいた搭乗員の記録としては、土方敏夫著『海軍予備学生零戦空戦記』、阿部三郎『藤田隊長と太平洋戦争』がある。これは岩本が太平洋戦争末期に所属した部隊に同時期に在籍していた搭乗員の手記である。






 さらに戦闘303飛行隊に在籍していた安部正治氏から見た撃墜王岩本徹三としては、「『私はラバウルの撃墜王だった』、『空戦に青春を賭けた男たち』がある。







 今回は、岩本徹三について目新しいことが書いていない書籍、特集等は省略した。どれも同じようなことしか書いていないので読んでもあまり面白くないと思う。さらに雑誌へ寄稿した手記等に岩本徹三のことが書いてあるものもあるが、現在入手困難である。今回は手に入るものをチョイスした。



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書評 角田和男『零戦特攻』

 異色の空戦記といっていいだろう。何が異色かというとうまく言えない。ただ、本書は輝かしい空戦の様子を記した本ではない。私のように零戦搭乗員の手記を読みまくった人間は本書の冒頭から意表を突かれる。搭乗員が搭乗員を目指した理由というのは、ほとんどの人が「空に憧れていたから」なのだ。


 これは空戦記が好きな人間でなくても大体想像できると思う。しかし本書の著者、角田和男氏は違う。著者は飛行機には全く興味が無かったという。家が貧しく食い扶持を減らすためだったという。少年開拓団と少年飛行兵で悩んだ結果、少年飛行兵を選んだ。


 角田氏は予科練乙種5期の出身だが、実は乙4期も受験していた。しかし、数学は満点だったものの、国語の成績が5点足りなかった。残念ながら不合格となり翌年5期生として採用された。その後、角田氏は航空兵としての訓練を受けて実戦に参加することとなる。


 多くのベテラン搭乗員がそうであるように著者も激戦地ラバウルに送られる。中でも興味深いのは連合軍が赤十字の施設に武器弾薬を保管していたことや著者が体験した慰安婦の実態だろう。慰安婦問題に関心がある人は読むべきだろう。実態の一つがよく分かる。


 それはそうと、著者が本書で一番書きたかったことはタイトルにもあるように「特攻」についてだ。本書後半部分の特攻に関するリアルな描写はかなり衝撃的であり、そして悲しい。


 ある時、著者は下士官の搭乗員宿舎に向かう。しかし隊舎に向かう途中、先任兵曹にこう言われる。

「ここは士官の来る場所ではありません」

 しかし、著者が下士官出身の特務士官であることに気が付き、搭乗員隊舎に入ることを許されるが、そこで著者が目にした光景は昼間、元気よくしていた特攻隊員達が黙って座っている姿だった。怖くて眠れないという。そしてそれを囲むように特攻隊に指名されていない搭乗員達も起きている。


 申しわけなくて眠れないという。そして翌朝、特攻隊員達は元気いっぱいに飛び立っていくという。特攻隊員の気持ちというのは指名された人間にしか分からないだろう。当然、私も分からない。しかしこういった書籍を読むことで少なくとも頭の中で理解することだけはできる。それが本の意義だ。


 本書は著者の人柄がにじみ出ている。著名な撃墜王、西沢広義が著者に部下を厳しく育てなければダメだと注意する。しかし著者にはそれが出来ない。そして列機を失っていく。しかしまた新しい部下が自分を著者の列機にしてくれとくる。そしてその部下も失ってしまう。それでも著者は部下に厳しくできない。


 著者を慕っている部下が次から次へと列機にとくるという。優しすぎる零戦乗りだった。また別のエピソードもある。著者の部下が佐官に殴られたという。著者はその佐官に殴りかかる。しかしその佐官は強かった。著者が苦戦していると今度は部下達が著者を守るために突入してきたという。


 本当に部下に愛された人だったのだと思う。そして戦後も部下達のことを毎日思い出すという。本書は私が読んだ搭乗員の手記の中でも私が特に好きなものだ。因みに本書で面白いのはフィリピンに著者がいたとき、著者の部屋にベテランパイロットたちが集まって空戦談義をするという件だ。


 そのベテラン搭乗員というのは、零戦虎徹、岩本徹三、そして西沢広義、斎藤三朗等錚々たるメンバーだった。真正面から空中戦を挑む西沢に対して、ドッグファイトには参加せず、被弾した敵機や逃げる敵機ばかりを狙って撃墜する岩本と、それぞれの戦法の違いと議論というのは面白い。


 本書は大著ではあるが、内容は充実しており、かなり貴重なものだ。是非読んでもらいたい。



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書評 神立尚紀『ゼロファイター列伝』




 以前、私が零戦搭乗員に興味を持ったいきさつを書いたが、私が零戦搭乗員に興味を持ち、夢中になって著書や研究家の著作を集めていた最も旬な時期は1995年前後であった。その当時は、終戦50年ということもあり、坂井三郎氏を始め、宮崎勇氏、杉野計雄氏、川戸正次郎氏等が相次いで自伝的な記録を出版していた。


 今考えるとファンとしてはかなり恵まれた時代だったといえるが、それでも著名な零戦搭乗員でありながら一切表に出てこない人達も多かった。そこに登場したのが神立尚紀『零戦の20世紀』だった。著者は今まで取材に応じなかった(だろう)零戦搭乗員の貴重な記録を上梓したのだ。


 その著者が近年新たに上梓したのが、この『ゼロファイター列伝』だ。本書は零戦搭乗員7名に焦点を当て、彼らの戦中戦後の生きざまについて書いている。7名の搭乗員とは三上一禧氏、羽切松雄氏、原田要氏、日高盛康氏、小町定氏、志賀淑雄氏、山田良市氏である。


 本書が興味深いのは著者が零戦搭乗員に関心を持ち、搭乗員の世界に入り信頼を得ていくまでの経過が良く記されていることだろう。まさに信頼と人と人のつながりによって今まで取材を拒んできた人達にもインタビューをすることができたというのが分かる。


 特に今まで頑なに取材を拒んでいた日高盛康氏の話を記録として残したのは貴重である。そして零戦初空戦に参加した現在ではたった一人の生存者(2016年7月現在)、三上一禧氏のインタビュー等記録として貴重なものが多い。


 内容はそれぞれの零戦搭乗員の人となりが分かってかなり読み応えのあるものだ。空中戦は才能が必要であり、三上氏は著名な搭乗員、樫村寛一氏、羽切松雄という先輩と空中戦をしても負けなかったが、後輩の奥村武雄氏には勝てなかったという。


 さらに小町氏が照れ隠しに著者に悪態をつきつつも著者の来訪を喜んでいるくだり等、読んでいてつい微笑んでしまうようなエピソードもある。



ゼロファイター列伝 零戦搭乗員たちの戦中、戦後

商品の説明
ベストセラー『永遠の0』の参考文献筆頭に上げられている、神立尚紀氏の『零戦 最後の証言』が刊行されてから15年。戦中、命を懸けて戦い、多くの戦友を失い、多くが自らの傷を負った零戦搭乗員たちは、戦後の価値観の転換に戸惑い、固く口を閉ざしていた。その彼らに真摯に向き合い、閉ざされた心を開いていった神立氏が集めた貴重な証言を元に、波乱の時代を生きた男たちの人生を描く決定版。「ゼロファイター」とは、戦時中、米英の兵士たちが、「零戦(零式艦上戦闘機)」につけた呼称。日中戦争初期、零戦初空戦で敵機を撃墜した名パイロットから、真珠湾攻撃、ミッドウェイ海戦を戦い抜き、終戦の日当日まで米軍爆撃機の迎撃に向かった者まで、零戦搭乗員として、あの過酷な戦争を戦い抜き、徒手空拳から戦後の混乱を生き抜いた、平成の若者の祖父たちの激闘と苦闘の記録である
(amazonより転載)


 零戦に興味のある人にとって本書はまさに必携の書であると思う。これからは戦争経験者が減少していく。今後はこういう生の声を記した記録類が貴重な史料となっていくだろう。そういう意味でも価値のある本であると思う。



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零戦搭乗員と撃墜王オタク

 最近、神立尚紀氏の著書を読むことが多い。氏は零戦搭乗員達と親交が深く、そして長い。当初はただのインタビュアーだったのが、最近になればなるほど内容が重厚になり、搭乗員達の内面に肉薄した内容のものが多く、読み応えがある。これは他の航空戦史研究家とは一線を画した独特のものである。


 一番の違いは他の研究家が、「飛行機」を中心に描こうとするのに対し、神立氏は「搭乗員」を中心に描こうとしていることだと思う。つまりは他の研究家は特定の飛行機の物語を描き、そのわき役として搭乗員がいる。


 しかし神立氏の著書は、中心に搭乗員がおり、飛行機は脇役どころか内容の必要上、単語として登場するに過ぎない。・・・と私は考えている。その神立氏が何度も怒りを込めて書いているのは、撃墜王オタクが「撃墜王」「エース」等と搭乗員達を英雄視すること。「何機撃墜のエース」等ともてはやすこと等だ。


 私も神立氏の著書は結構読んだのでその怒りの気持ちは理解しているつもりだ。撃墜するということは相手を殺すということとニアリーイコールであり、数をカウントして楽しむものではないし、そもそもスコアと言っても航空戦はチームプレイだという主張も理解できるしもっともだと思う。


 まさにその通りだが、私にはもう一つの気持ちがある。簡単にいうと撃墜王オタクという気持ちだ。子供の頃、私にとってヒーローは撃墜王だった。岩本徹三であり、坂井三郎であったのだ。単純に強く、周りからも評価され信頼されているのがカッコよかった。


 そしてそのまま撃墜王を探すことが趣味となった。私の子供の頃はネットは普及していない。というより実質無かった。20歳くらいになってやっと普及してきたが、今では考えられないことだが、「岩本徹三」というキーワードで検索しても3件程しかヒットしない時代だった。そして内容もお粗末なものだった。


 ということで私は当然のように書籍に走ったのだ。搭乗員の自伝、記録を読むことから始まり、研究家の著書をむさぼり読んだ。当時は1995年前後。零戦搭乗員も高齢ながらまだ多くの方が健在だった。そして太平洋戦争終戦50周年という節目の年の前後であり、多くの書籍が出版されたのだ。


 そうこうしていくうちに撃墜王の名前と撃墜数の情報も少しずつ集まってきた。そしてそれらの元になっているのが、『日本海軍戦闘機隊』という本であることを知ったのだ。当時はネットは無いので探すのは「足」だ。もちろん普通の書店では扱っていないので古本屋をくまなく探した。


 初版が1975年のマイナーなジャンルの本なのでどこの古本屋を探しても売っていないのだ。それでも欲しくて欲しくて探しまくった結果、神保町に「文華堂」という軍事物専門の古書店があることを知った。「文華堂」に入り、探してみたが見つからない。


 そこで店の人に訊いてみた。「これだね」と言って出された本には『日本海軍戦闘機隊』と赤い字で書いてあった。とうとう見つけた。やや全体が痛んでおり、表紙には零戦が空を飛んでいる絵が描いてある。これが私が探し続けた『日本海軍戦闘機隊』だった。


 この感激は今でも忘れられない。家に帰るまで待ちきれなかった。電車の中で袋から取り出し中身を見る。席に座れなかったのでドアの横の三角コーナーに寄りかかりながら本を開いたのを覚えている。


 その本の中には、私が欲しかった情報の全てがあった。その後、全てを読み、何度も何度も読み返した。本の中には憧れのヒーロー達がいた。名前も撃墜数、出身期。覚えようとしなくてもどんどん頭の中に入る。本当にうれしかった。


 これが私の撃墜王オタクの青春譜だ。そして今でもヒーローとして撃墜王に憧れる気持ち、撃墜数が気になってしまう気持ちがある。そして大人になった私は前述のように撃墜するということは「人を殺すこと」、それをしたことによって苦しみ続ける人達の存在、共同戦果である撃墜を個人のものとして祭り上げられる不快さを感じる人。そういう人達の存在を知ることとなった。


 理性と感情の相克。理性で考えるならば撃墜王オタクはダメだ。しかし未だに憧れる気持ちは持ち続けている。どちらも持ち続けているのが現在の私だ。もしも私が撃墜王オタクでなかったら、零戦搭乗員の内面についての本を読むこともなかっただろう。


 私のように矛盾した状態で戦記関係の本を読んでいる人は案外多いのではないかと思う。きっかけは「かっこいいから」しかし実情を知るに従って理性で物を考えるようになる。しかし「かっこいいから」という気持ちを消すことはできない。人間の頭というのはやっかいだ。どうしようもないものであり、多面的であり相対的であり、矛盾であり、面白くもあり、魅力的だ。



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最強戦闘機隊 戦闘303飛行隊




 旧日本海軍の最強戦闘機隊といえば何だろうか?最新鋭機紫電改と生き残りのエースを集結させた「剣」部隊343空?いやいや、あれは都市伝説だ。最新鋭機紫電改を集中配備したのは本当だが、343空は生き残りのエースを集結させて作ったエース部隊ではない。基幹搭乗員に熟練者を配置しただけだ。搭乗員の多くは当時の感覚では熟練者といえるものではなかった。


 他にも隠れた精鋭部隊に芙蓉部隊というのがある。これは美濃部正少佐率いる夜間攻撃専門部隊である。当時比較的熟練者の多かった水上機からの転科者が多く、さらに工夫した訓練法で練度を増した。特攻には断固反対で結果、部隊の練度を上げるのに成功したのだ。


 しかし、その芙蓉部隊も海軍最強ではない。当時、海軍には部隊の練度を評価する基準があった。搭乗員の練度を測定するものだった。搭乗員はAランクから順に区分されていた。その基準で当時、最もAランクの搭乗員を擁していたのは今日紹介する戦闘303飛行隊なのだ。


 この戦闘303飛行隊というのは、私の感覚では戦史ファンや戦闘機ファンにはあまり知られていない部隊ではないかと思う。使用機は普通の零戦で基本的には九州地区での作戦行動を専らにした。日本海軍のトップエースといわれる岩本徹三、西沢広義、谷水竹雄等、歴戦の搭乗員が在籍していたのだ。




 私がチャラく調べたところによると戦闘303飛行隊は、1944年3月1日、特設飛行隊制度発足によって203空隷下部隊として厚木に誕生した。当時の飛行隊長は海兵63期の岡嶋清熊少佐。搭乗員には日本のトップエースの一人である西沢広義、操練35期のベテラン長田延義、同54期の倉田信高、丙飛4期の本多慎吾、丙飛3期の加藤好一郎等がいた。


 1944年3月30日、千歳基地に展開する。3月30日と書いたが、これは4月末であったという説もある(安倍正治「忘れざる熱血零戦隊」『私はラバウルの撃墜王だった』)。それはそうと、4月末にさらに幌筵島武蔵基地に移動する(安倍氏前著では5月中旬)。これは武蔵基地に展開していた281空が転出したためだ。


 その後1944年8月11日に美幌基地へ移動。9月2日に一時的に百里原基地に展開するが9月14日にはまた美幌基地に戻る。9月18日にT部隊編入が下令され茂原に移動、さらに鹿児島の鴨池基地へ移動待機する。その後、台湾沖航空戦に参加したのち、10月24日フィリピンに到着する。





 10月27日、特攻隊援護任務を完了した西沢広義飛曹長が帰還時に戦死する。翌11月15日に本隊は鹿児島へ撤収したようだ。所属航空隊も201空やら221空やらに変わったようであるが、ここら辺はよく分からない。結構、本によってあやふやなんだよね。ただ、本隊がここら辺で内地に帰還したのは間違いないようだ。


 台湾沖航空戦、フィリピンの戦闘でかなりの消耗をした戦闘303飛行隊であったが、1945年から隊員を増強し始める。まず、3月15日に零戦虎徹こと岩本徹三少尉がヘッドハンティングされる。この時点での部隊規模は機材が32機、搭乗員57名であった。3月26日にラバウル帰りのベテラン谷水上飛曹、操練27期の大ベテラン近藤政市少尉が着任したようだ。


 これだけ見ると何か数人のベテラン搭乗員だけしかいないような印象があるが、この戦闘303飛行隊の練度は全海軍中トップクラスであった。エースが好きな人だったら知っているような名だたるエースが在籍しているのをみても分かると思う。谷水上飛曹が有名な撃墜マークを書いたのも戦闘303飛行隊にいた時だ。


 今日は何かダラダラと戦闘303飛行隊について調べたことを書いてしまったのであまり面白くなかったかもしれない。特に戦史に興味の無い人にはなんじゃこりゃーな話なのだが、私は昔から妙に興味があるのでついつい書いてしまった。



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