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01_戦艦ナヴァリン
(画像はwikipediaより転載)

 

 戦艦ナヴァリンはロシア海軍初の1万トン級戦艦である。主砲こそ古かったものの低い乾舷と40cmに及ぶ重装甲によって建造当時は撃沈不可能と言われていた。1904年、バルチック艦隊に配属され、日本海海戦で鈴木貫太郎司令麾下の駆逐艦隊の攻撃により撃沈された。

 

戦艦ナヴァリン 〜概要〜

 

性能

 通常排水量 10206トン
 最大排水量 -トン
 全長 109m
 全幅 20.42m
 吃水 8.38m
 機関出力 9140馬力
 最大速力 15.5ノット
 航続距離 3050海里/10ノット
 乗員 622名
 武装 35口径30.5cm砲連装2基
    15.2cm砲単装8基
    4.7cm砲単装8基
    3.7cm砲単装15基
    38.1cm水上発射管6門
 装甲 舷側 40.6cm
    甲板 6.3cm
    主砲 30.5cm
 同型艦 1隻

 

特徴

 戦艦ナヴァリンはバルト艦隊用に建造されたバルト艦隊初の1万トン級戦艦である。舷側で最大40.6cmにもなる複合装甲と並列で配置された4本の煙突が特徴である。その他司令塔や主砲にはフランス製のニッケル鋼が使用され防御力の強化が図られており、さらに極めて低い乾舷を採用したため、船体面積を減らすことができ、重装甲と相まって就役当時は砲撃での撃破は不能と看做されていた。

 逆に乾舷の低さは高い防御力を発揮はしたが航洋性という点から見ると欠点であった。主砲は30.5cm連装砲2基と当時の平均的な装備であったが、当時でもすでに旧式化している黒色火薬を使用していた。

 

同型艦

ナヴァリン(起工1890年5月、竣工1895年6月)

 

戦歴

 1890年に起工し、1891年10月に進水したナヴァリンであったが、装備の納入が遅れたことやボイラーの不具合によって竣工したのは1896年と遅かった。竣工したナヴァリンは予定通りバルト艦隊に配備され、地中海を中心に活動した。1898年にはスエズ運河からシンガポール、香港を経て極東に派遣され、義和団の乱の鎮圧に活躍した。

 1902年、義和団の乱の鎮圧が完了するとナヴァリンはバルト海に戻った。そこで改修を受ける。この改修によってナヴァリンは測距儀、無線機が装備された。さらに砲塔の増設も行われている。1904年に日露戦争が勃発するとナヴァリンはバルチック艦隊に配属され、喜望峰を周り極東へ向かった。1905年日本海海戦において「鬼貫太郎」こと鈴木貫太郎司令率いる駆逐艦隊の雷撃により撃沈された。

 

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01_戦艦アドミラール・ウシャコーフ
(画像はwikipediaより転載)

 

 戦艦アドミラール・ウシャコーフはロシア海軍の海防戦艦である。同型艦3隻が建造され、3隻とも日本海海戦に参加する。1番艦以外は日本軍に鹵獲され、海防艦見島、沖島となる。その後も様々に類別を変更されたのち1930年代中盤から後半まで使用された。

 

戦艦アドミラル・ウシャコフ級 〜概要〜

 

性能

 通常排水量 4971トン
 最大排水量 -トン
 全長 87.32m
 全幅 15.83m
 吃水 5.94m
 機関出力 5750馬力
 最大速力 16ノット
 航続距離 2600海里/10ノット
 乗員 404名
 武装 45口径25.4cm砲連装2基
    45口径25.4cm砲単装1基
    12cm砲単装4基
    4.7cm砲単装6基
    3.7cm砲単装16基
    38.1cm水上発射管4門
 装甲 舷側 25.4cm
    甲板 7.6cm
    主砲 20.3cm
 同型艦 3隻

 

特徴

02_海防艦沖島
(画像は海防艦沖島 wikipediaより転載)

 

 本級はドイツ海軍のオーディン級やスウェーデン海軍の艦艇に対抗して建造された海防戦艦である。本来は4隻建造することを計画されていたが3隻のみが就役した。装甲は旧来のニッケル鋼であるが、3番艦ゲネラール=アドミラール・アプラークシンのみは最新のハーヴェイ鋼を使用している。このため3番艦のみは装甲が薄くなっている。

 

同型艦

アドミラール・ウシャコーフ(起工1892年1月、竣工1895年2月)
アドミラール・セニャーヴィン(起工1892年8月、竣工1894年8月)
ゲネラール=アドミラール・アプラークシン(起工1894年10月、竣工1896年5月)

 

戦歴

03_砕氷艦見島
(画像は砕氷艦見島 wikipediaより転載)

 

 就役後、訓練に従事した本級であったが、日露戦争が始まると3隻ともバルチック艦隊に編入されスエズ運河を通りインドシナでバルチック艦隊本隊と合流した。日本海海戦により1番艦は撃沈、2番艦、3番艦は日本軍に鹵獲された。

 鹵獲後、日本海軍に編入され、2番艦アドミラール・セニャーヴィンは海防艦見島、3番艦ゲネラール=アドミラール・アプラークシンは海防艦沖島と改名された。編入された後は第4艦隊に所属、見島は砲塔の爆発事故により主砲、副砲等が換装されている。

 第一次世界大戦が始まると両艦ともに青島方面での作戦に参加した。沖島は1922年除籍、その後雑役船となり、佐世保で練習船として使用された。1924年廃艦となり、当初は記念艦として保存する予定であったが荒天時に座礁、破壊されたため1939年に解体された。

 一方、見島は1918年に砕氷艦として改装され、シベリア出兵ではウラジオストクやシベリア方面に進出した。1922年には潜水母艦に改造され、十年以上にわたり活躍する。1935年10月除籍、1936年5月標的艦として沈没した。

 

 

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01_戦艦トリ・スヴィティテリア
(画像はwikipediaより転載)

 

 戦艦トリー・スヴャチーチェリャは建造当時はロシア最大の戦艦であった。19世紀末の建造から第一次世界大戦まで参加し、ソビエト海軍に編入されて1923年に廃艦となったという長期間使用された艦であった。これは主砲を最新の40口径30.5cm砲を採用したことによる。

 

戦艦トリー・スヴャチーチェリャ 〜概要〜

 

性能

 通常排水量 12480トン
 最大排水量 -トン
 全長 115.14m
 全幅 22.25m
 吃水 8.66m
 機関出力 11300馬力
 最大速力 17ノット
 航続距離 3980海里/10ノット
 乗員 753名
 武装 40口径30.5cm砲連装2基
    15.2cm砲単装8基
    12cm砲単装4基
    4.7cm砲単装10基
    3.7cm砲単装40基
    45.7cm水上発射管4門
    同水中発射管2門
 装甲 舷側 45.7cm
    甲板 7.6cm
    主砲 40.6cm

 

特徴

 戦艦トリー・スヴャチーチェリャは竣工時点でロシア海軍最大の戦艦で名前はロシア語で「三成聖者」の意味。装甲は国産装甲ではなく、イギリスより輸入したニッケル鋼が使用された。主砲は従前の35口径30.5cm砲ではなく、砲身が延長された40口径30.5cm砲が採用された。動力機関もイギリスからの輸入であるが、最高速度は17.7ノットと高性能を発揮した。本艦は世界で初めて無線通信装置を搭載した戦艦でもある。

 

同型艦

(起工1891年9月、竣工1897年8月)

 

戦歴

02_戦艦トリ・スヴィティテリア
(画像は改装後の戦艦トリ・スヴィティテリアwikipediaより転載)

 

 戦艦トリー・スヴャチーチェリャは竣工すると黒海艦隊に配属。1905年には戦艦ポチョムキンの反乱の鎮圧に参加。1911年から1912年にかけて近代化改修が行われた。この改装では重心が下げられ、各種の兵器類の変更が行われた。外観上も別物といっていいほど変更された。

 第一次世界大戦が始まると、ロシア海軍の数少ない主力艦として艦砲射撃等に活躍、ロシア革命後はソビエト海軍に編入された。1923年に廃艦となるが、1925年になってやっと除籍された。

 

 

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01_戦艦ドヴィエナザット・アポストロフ
(画像はwikipediaより転載)

 

 戦艦ドヴィエナザット・アポストロフは1892年に就役した黒海艦隊用の沿岸防御型戦艦である。戦艦ポチョムキンの反乱の鎮圧作戦に参加した以外には目立った活躍は無い。1931年に解体されている。

 

戦艦 ドヴィエナザット・アポストロフ 〜概要〜

 

性能

(画像はwikipediaより転載)

 

 通常排水量 8709トン
 最大排水量 -トン
 全長 104.24m
 全幅 18.29m
 吃水 8.38m
 機関出力 8750馬力
 最大速力 15.7ノット
 航続距離 4000海里/10ノット
 乗員 611名
 武装 30口径30.5cm砲連装1基
    22.8cm砲単装4基
    15.2cm砲単装8基
    4.7cm砲単装10基
    3.7cm砲単装8基
    38.1cm水上発射管5基(ニコライは6基)
 装甲 舷側 35.6cm
    甲板 -cm
    主砲 25.4cm
 同型艦 2隻

 

特徴

 戦艦インペラトール・アレキサンドル2世級に次いで建造された艦で、艦名はロシア語で十二使徒という意味。前級の主砲が連装1基であったのに対して2基装備したデザインに優れた戦艦であった。主砲は蒸気機関により動作する。装填機構が船体に固定されていたために砲弾装填時には砲を中央線上に向ける必要があった。このために主砲の発射速度は1発/4分と遅い。主砲に天蓋はない。

 

同型艦

(起工1888年2月、竣工1892年12月)

 

戦歴

02_戦艦ドヴィエナザット・アポストロフ
(画像はwikipediaより転載)

 

 戦艦ドヴィエナザット・アポストロフは1892年に就役したが、特に大きな作戦に参加することはなかった。1905年に戦艦ポチョムキンに反乱が起こると鎮圧に出動するが失敗している。1911年武装解除され、1912年に宿泊船に改造された。1918年まで機能していたが、1931年に解体された。

 

 

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01_戦艦インペラートル・アレキサンドル2世
(画像はwikipediaより転載)

 

 戦艦インペラートル・アレキサンドル2世級はロシア海軍初の近代戦艦である。姉妹艦にはインペラートル・ニコライ1世があり、バルチック艦隊に配属され、日本海海戦で日本軍に鹵獲された。以降、二等戦艦壱岐となり、1915年に標的艦として撃沈されている。

 

戦艦インペラートル・アレキサンドル2世級 〜概要〜

 

性能

 通常排水量 9500トン
 最大排水量 -トン
 全長 105.53m
 全幅 20.42m
 吃水 7.87m
 機関出力 8500馬力
 最大速力 15.3ノット
 航続距離 4000海里/10ノット
 乗員 611名
 武装 30口径30.5cm砲連装1基
    22.8cm砲単装4基
    15.2cm砲単装8基
    4.7cm砲単装10基
    3.7cm砲単装8基
    38.1cm水上発射管5基(ニコライは6門)
 装甲 舷側 35.6cm
    甲板 -cm
    主砲 25.4cm
 同型艦 2隻

 

特徴

 本級はドイツ海軍のザクセン級装甲艦に対抗する目的で建造されたバルチック艦隊用に設計された小型戦艦である。姉妹艦は2隻あり、主砲や装甲等が若干異なる。主砲は連装1基で天蓋が付いているが、破片を防ぐ程度の能力しかない。砲弾の揚弾、装填は水圧によって行われる。発射速度は1発/5分である。

 

同型艦

インペラートル・アレキサンドル2世(起工1885年7月、竣工1891年6月)
インペラートル・ニコライ1世(起工1886年8月、竣工1891年7月)

 

戦艦インペラトール・アレキサンドル2世級の活躍

 

1番艦インペラトール・アレキサンドル2世

02_戦艦インペラートル・アレキサンドル2世
(画像はwikipediaより転載)

 

 1891年に竣工したインペラートル・アレキサンドル2世は、バルト艦隊に配属。1896年8月には地中海艦隊に配属、さらには1897年からはマルタ島に移動、国際艦隊に参加した。1901年9月にはバルチック艦隊の拠点であるクロンシュタットに帰還した。1902年から1904年にフランスで改装を受け武装が強化されたが、1907年には練習艦となり、1917年5月にはザリャ・スヴォボデ(ロシアのカザフスタン近郊の地名)と改称される。1922年スクラップとして売却された。

 

2番艦インペラートル・ニコライ1世

03_戦艦インペラートル・ニコライ1世
(画像はwikipediaより転載)

 

 姉妹艦のインペラートル・ニコライ1世は1891年、バルト艦隊に配属、1893年には大西洋を横断してアメリカに行った。その後、その後、アレキサンドル2世と同様に国際艦隊に所属、太平洋に回航された。日清戦争後の1895年4月には長崎に寄港している。1898年4月には大規模な改修を受けている。1905年1月には第三太平洋艦隊旗艦としてバルチック艦隊に配属、日本海海戦で日本海軍に降伏した。

 

二等戦艦壱岐

 日本海軍によって鹵獲された戦艦インペラートル・ニコライ1世は、二等戦艦壱岐と改名し、横須賀鎮守府籍となるが、同年12月には一等海防艦に類別変更された。1915年5月退役、10月には標的艦として戦艦金剛、比叡の砲撃により撃沈される。

 

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01_戦艦トライアンフ
(画像はwikipediaより転載)

 

 戦艦スイフトシュア級はチリ海軍がイギリスに発注した戦艦であったが、チリが財政難に陥り購入を放棄したことからイギリスが購入したという複雑な経過を経てイギリス海軍に編入された戦艦であった。性格的には高速戦艦、二等戦艦に該当する。

 

戦艦スイフトシュア級 〜概要〜

 

性能

02_戦艦スイフトシュア
(画像は戦艦スイフトシュア wikipediaより転載)

 

 通常排水量 11800トン
 最大排水量 -トン
 全長 146.2m
 全幅 21.6m
 吃水 7.7m
 機関出力 1万2500馬力
 最大速力 19ノット
 航続距離 6210海里/10ノット
 乗員 800名
 武装 25.4cm砲連装2基
    19cm砲連装14基
    14ポンド砲単装14基
    7.6cm砲単装2基
    5.7cm砲単装4基
    45cm水中発射管2門
 装甲 舷側 17.8cm
    甲板 7.6cm
    主砲 25.4cm
 同型艦 2隻

 

特徴

 本級は本来、チリ海軍向けに建造された戦艦であった。しかし日露戦争においてロシアが海軍力を増強しており、本級をロシアが購入するのを防ぐためにイギリス海軍が購入したという経緯がある。本級の特徴は排水量11800トン、主砲25.4cm、最高速度19ノットという軽装、高速の戦艦である。このためイギリス海軍で使用されたいた他の戦艦と性格が異なっており、艦隊運用面で支障をきたした。結果的に単独で運用されることが多かった。

 

同型艦

スイフトシュア(起工1902年2月、就役1904年6月)
トライアンフ(起工1902年2月、就役1904年6月)

 

戦歴

03_戦艦トライアンフ
(画像は戦艦トライアンフ wikipediaより転載)

 

 本級は完成すると2隻とも本国艦隊、そして海峡艦隊に配属された。1909年には地中海艦隊に異動、1912年にはどちらも本国艦隊に復帰した。1913年にスイフトシュアは東インド基地、トライアンフは香港基地にそれぞれ配属された。

 1914年、第一次世界大戦が始まるとスイフトシュアはインド洋に展開、その後スエズ運河の防衛に活躍した。トライアンフは中国においてドイツ領青島の攻撃に参加した。その後、地中海に異動するが、1915年5月ドイツ海軍UボートU-21の雷撃で撃沈される。スイフトシュアはガリポリの戦いに参加した後、練習艦、標的艦となり1920年にはスクラップとして売却された。

 

まとめ

 

 本級は独特な経過を経てイギリス海軍に所属したため、他の戦艦との共同運用が難しく、海外で運用されることが多かった。経過においては日本海軍の二等戦艦になる可能性もあったが、結局、イギリス海軍が購入した軽装甲、高速戦艦であった。

 

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01_戦艦ラッセル
(画像はwikipediaより転載)

 

 ダンカン級戦艦はロシア海軍が建造していた高速戦艦ペレスヴェート級に対抗する目的で開発された高速戦艦である。フォーミダブル級を基にして軽装甲、軽武装で高速化した結果、最高速度が1ノット増加し、イギリス海軍随一の高速戦艦となる。

 

戦艦ダンカン級 〜概要〜

 

性能

02_戦艦ダンカン
(画像は戦艦ダンカン wikipediaより転載)

 

 通常排水量 13270トン
 最大排水量 -トン
 全長 131.7m
 全幅 23m
 吃水 7.6m
 機関出力 1万8000馬力
 最大速力 19ノット
 航続距離 6070海里/10ノット
 乗員 720名
 武装 40口径30.5cm砲連装2基
    45口径15.2cm砲単装12基
    7.6cm砲単装10基
    4.7cm砲単装6基
    45cm水中発射管4門
 装甲 舷側 17.8cm
    甲板 7.6cm
    主砲 25.4cm
 同型艦 6隻

 

特徴

03_戦艦コーンウォーリス
(画像は戦艦コーンウォーリス wikipediaより転載)

 

 ロシア海軍が建造中の高速戦艦ペレスヴェート級に対抗する目的で建造が決定したのが本級である。本級はフォーミダブル級を基に装甲を薄くし、武装も副砲を16基から10基へと減らすことで軽量化を図った高速戦艦である。これによりフォーミダブル級よりも1000トンの排水量の減量に成功した。さらに機関も主缶を20基に増加した結果、機関出力で3000馬力、速力で1ノットフォーミダブル級よりも優越することとなった。

 

同型艦

04_戦艦エクスマス
(画像は戦艦エクスマス wikipediaより転載)

 

ラッセル(起工1899年3月、竣工1903年2月)
エクスマス(起工1899年8月、竣工1903年5月)
モンターギュー(起工1899年11月、竣工1903年7月)
ダンカン(起工1899年7月、竣工1903年10月)
アルベマール(起工1900年1月、竣工1903年11月)
コーンウォーリス(起工1899年7月、竣工1904年2月)

 

戦歴

05_戦艦ラッセル
(画像は戦艦ラッセル wikipediaより転載)

 

 本級は完成すると地中海艦隊に配属され、以降、本国艦隊、海峡艦隊、大西洋艦隊に所属した。1906年には戦艦モンターギューが事故により沈没したが、他の姉妹艦はそれぞれに任務を遂行していった。1914年に第一次世界大戦が始まると、本級は、海上警備、陸上砲撃等に活躍した。ガリポリの戦いが始まると本級も参加、オスマン帝国の要塞に攻撃を行った。

 1916年4月にラッセル、1917年1月にコーンウォリスがドイツ海軍のUボートにより撃沈された。残った3隻は大戦後半には目立った活躍をすることはなく、第一次世界大戦終了後の1920年に全艦解体された。

 

まとめ

 

06_戦艦アルベマール
(画像は戦艦アルベマール wikipediaより転載)

 

 本級は高速戦艦として設計された戦艦であったが、高速化のために装甲、武装を軽量化したために第一次世界大戦では装甲の脆弱性に悩まされた。しかし、最高速度は19ノット、コーンウォールに至っては20ノット近くも出すことができた。事故で1隻、大戦で2隻が失われ、6隻中退役できたのは3隻という歴戦艦であった。

 

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前級フォーミダブル級戦艦

 

前級ロンドン級戦艦

 

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01_戦艦ブルワーク
(画像はwikipediaより転載)

 

 ロンドン級戦艦は前級フォーミダブル級戦艦として扱われることもあるほぼ同型艦である。違いは装甲の長さのみで、ロンドン級の4番艦、5番艦は排水量、ボイラーが異なるために別級として扱われることもある。ドレットノート級戦艦登場前の最後期の戦艦といえる。

 

戦艦ロンドン級 〜概要〜

 

性能

02_戦艦ロンドン
(画像は戦艦ロンドン wikipediaより転載)

 

 通常排水量 14500トン
 最大排水量 -トン
 全長 131.6m
 全幅 22.9m
 吃水 7.9m
 機関出力 1万5000馬力
 最大速力 18ノット
 航続距離 5550海里/10ノット
 乗員 714名
 武装 40口径30.5cm砲連装2基
    45口径15.2cm砲単装12基
    7.6cm砲単装16基
    4.7cm砲単装6基
    45cm水中発射管4門
 装甲 舷側 22.9cm
    甲板 6.4cm
    主砲 25.4cm
 同型艦 5隻

 

特徴

03_戦艦ブルワーク
(画像は戦艦ブルワーク wikipediaより転載)

 

 前級のフォーミダブル級とはほぼ同型艦といっていい。違いは水線装甲帯を前方に延長し、前部乾舷の装甲が強化されたことのみである。本級は、ロンドン、ブルワーク、ヴェネラブル、クイーン、プリンス・オブ・ウェールズの5隻が竣工したが、クイーン、プリンス・オブ・ウェールズはボイラーが異なり排水量が若干少ないため別級として扱われることもある。

 

戦歴

04_戦艦ヴェネラブル
(画像は戦艦ヴェネラブル wikipediaより転載)

 

 これら5隻の戦艦は竣工すると地中海艦隊に所属、以降、本国艦隊、海峡艦隊、大西洋艦隊に随時派遣された。第一次世界大戦時には旧式化しており、主力艦とはならなかったが輸送船団護衛や上陸支援、陸上砲台攻撃に活躍した。ブルワークが事故で沈没した以外は、1916年から順次退役、1920年にはスクラップとして売却、1922年には全艦が解体された。

 

同型艦

05_戦艦クイーン
(画像は戦艦クイーン wikipediaより転載)

 

ロンドン(起工1898年12月、竣工1902年6月)
ブルワーク(起工1899年3月、竣工1902年3月)
ヴェネラブル(起工1899年1月、竣工1902年11月)
クイーン(起工1901年3月、竣工1904年3月)
プリンス・オブ・ウェールズ(起工1901年3月、竣工1904年3月)

 

まとめ

 

06_戦艦プリンス・オブ・ウェールズ
(画像は戦艦プリンス・オブ・ウェールズ wikipediaより転載)

 

 1900年前後は戦艦の黄金時代といっていい。技術革新が進み、戦艦が新造されては旧式化していった。戦艦の寿命も10年程度というのが平均的であろう。後の戦艦に比べると圧倒的に短い。1906年にドレットノート級戦艦が登場したことにより陳腐化に拍車がかかったことも大きい。本級も第一次世界大戦には参加したもののもやは主力艦とはなり得ず支援業務に活躍して退役していった。

 

関連リンク

前級フォーミダブル級級戦艦

 

ダンカン級戦艦

 

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01_戦艦イレジスティブル
(画像はwikipediaより転載)

 

 日露戦争前に日本海軍に販売した敷島級戦艦は当時世界最高の高性能を誇る戦艦であった。これはイギリス海軍が装備する戦艦の性能よりも勝っていた。このことに脅威を感じたイギリス海軍は敷島級に対抗する性能の戦艦の建造を計画、その結果誕生したのがこのフォーミダブル級戦艦である。

 

戦艦フォーミダブル級 〜概要〜

 

性能

 通常排水量 14500トン
 最大排水量 -トン
 全長 131.6m
 全幅 22.9m
 吃水 7.9m
 機関出力 1万5000馬力
 最大速力 18ノット
 航続距離 5100海里/10ノット
 乗員 780名
 武装 40口径30.5cm砲連装2基
    45口径15.2cm砲単装12基
    7.6cm砲単装16基
    4.7cm砲単装6基
    45cm水中発射管4門
 装甲 舷側 22.9cm
    甲板 7.6cm
    主砲 25.4cm
 同型艦 3隻

 

特徴

 日本が購入したイギリス戦艦敷島級の性能がイギリス戦艦を上回っていることに脅威を感じたイギリス海軍が建造した対敷島級戦艦。装甲厚はマジェスティック級戦艦と同じだが、マジェスティック級戦艦がハーヴェイ鋼をしようしていたのに対してより高性能なクルップ鋼を使用しており、3割程耐弾性が強化された。さらに舷側の装甲も艦首から艦尾まで覆っている。

 主砲もマジェスティック級戦艦と同口径ではあるが砲身が延長されマジェスティック級戦艦が40口径だったのに対して本級は45口径となっており、初速、射程、精度共に向上している。推進機関も前級であるカノーパス級の13500馬力に対して15000馬力と強化されており、装甲の強化によって排水量は増したが速度はカノーパス級と同程度を維持している。

 

同型艦

フォーミダブル(起工1898年3月、竣工1901年9月)
レジスティブル(起工1898年4月、竣工1901年10月)
インプラカブル(起工1898年7月、竣工1901年7月)

 

戦艦フォーミダブル級の活躍

 

1番艦フォーミダブル

02_戦艦フォーミダブル
(画像はwikipediaより転載)

 

 1901年9月に完成したフォーミダブルは地中海艦隊に所属。1904年から1905年まで補修が行われる。1908年4月から海峡艦隊に所属、1908年に一時退役し、改修が行われる。1909年4月、本国艦隊所属、5月には大西洋艦隊に異動する。

 第一次世界大戦が始まるとフォーミダブルは海峡艦隊に所属、輸送艦隊の護衛に活躍する。護衛の任務をダンカン級戦艦と後退したフォーミダブルはポーランド沖で演習の後、駆逐艦の護衛を受けずに活動していたためドイツ潜水艦U-24の雷撃を受け1915年1月1日に沈没する。

 

2番艦レジスティブル

03_戦艦イレジスティブル
(画像はwikipediaより転載)

 

 竣工したレジスティブルは地中海艦隊に就役する。1902年3月には濃霧の中で商船と接触事故を起こし船体に大きな損傷を受けた。1907年10月から1908年2月まで改修を受ける。1908年4月には海峡艦隊に所属、1910年6月から改修を受ける。改修後の1911年2月、本国艦隊に所属する。

 第一次世界大戦が始まると海上警備、上陸支援等に活躍する。1915年2月にはオスマン帝国の要塞攻撃に参加、1915年3月に機雷に触雷沈没する。

 

3番艦インプラカブル

04_戦艦インプラカブル
(画像はwikipediaより転載)

 

 1901年に竣工した戦艦インプラカブルは地中海に配備される。1902年、1903年から1904年、1905年に補修を受ける。この補修により測距儀と射撃統制装置が追加された。このためマストの形状が変更されている。1905年と1906年にの二度にわたってボイラーの事故が起こっている。このため1908年にはドッグで補修工事を受けている。補修修了後は大西洋艦隊、本国艦隊に所属した。

 第一次世界大戦が始まると他の同型艦と同様に海上警備、上陸支援等に活躍する。1915年1月にはオスマン帝国の要塞攻撃に参加、その後、各種任務に就いたのちに1916年イギリス本国に帰還する。1917年には練習艦となり1919年退役、1922年に解体された。

 

まとめ

 

 フォーミダブル級戦艦は次に建造されるロンドン級戦艦5隻と合わせてフォーミダブル級と呼ばれることもあるが、本稿では別級とした。1906年にドレットノート級戦艦が登場する直前に建造された最後期に属する前弩級戦艦であった。第一次世界大戦時には主力艦とはなり得なかったが、各種支援業務に活躍、本級3隻中2隻が撃沈されるという損害を受けている。

 

関連リンク

前級カノーパス級戦艦

 

前級マジェスティック級戦艦

 

次級ロンドン級戦艦

 

次級ダンカン級戦艦

 

敷島級戦艦

 

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01_戦艦ヴェンジャンス
(画像はwikipediaより転載)

 

 カノーパス級戦艦は日清戦争に勝利し、新たな脅威となった日本に対抗するために建造された戦艦である。合計6隻建造され、建造後は多くが中国基地に配属された。しかし日英同盟の締結により日本の脅威がなくなると順次帰還していく。

 

戦艦カノーパス級 〜概要〜

 

性能

 通常排水量 13150トン
 最大排水量 -トン
 全長 128.5m
 全幅 22.6m
 吃水 8m
 機関出力 1万3500馬力
 最大速力 18ノット
 航続距離 5320海里/10ノット
 乗員 682名
 武装 35口径30.5cm砲連装2基
    40口径15.2cm砲単装12基
    7.6cm砲単装10基
    4.7cm砲単装6基
    4.5cm水中発射管4門
 装甲 舷側 15.2cm
    甲板 5.1cm
    主砲 20.3cm
 同型艦 6隻

 

特徴

 本級は、日清戦争に勝利し実力を付け始めた日本に対抗するために建造された戦艦である。1899年から1902年にかけて竣工し極東方面に配備された他、本国艦隊、地中海艦隊、大西洋艦隊、海峡艦隊に配備された。

 あくまでも日本戦艦を主眼においたため、日本戦艦が比較的軽装甲であったことから防御装甲は軽減され速力の強化が図られた。装甲には最新のクルップ鋼を使用、装甲厚を減少させ防御力を高めることに成功している。

 エンジンはレシプロ機関であるが水管缶を採用したことにより前級であるマジェスティック級戦艦よりも10%以上出力が増強された。前級よりも1ノット速力で優っている。

 

5番艦アルビオンの進水式の動画

 

同型艦

カノーパス(起工1897年1月、竣工1897年10月)
オーシャン(起工1897年12月、竣工1900年2月)
ゴライアス(起工1897年1月、竣工1900年3月)
グローリー(起工1896年12月、竣工1900年10月)
アルビオン(起工1896年12月、竣工1901年6月)
ヴェンジャンス(起工1898年8月、竣工1902年4月)

 

戦艦カノーパス級の活躍

 

1番艦カノーパス

02_戦艦カノーパス
(画像はwikipediaより転載)

 

 1番艦カノーパスは就役すると地中海艦隊に配属される。その後、1905年には東アジアに配属されるが、日英同盟の締結により日本の脅威が無くなると、大西洋艦隊、海峡艦隊、本国艦隊等に配属された。

 第一次世界大戦が始まると南米に派遣されフォークランドの戦いを始め、いくつかの戦闘に参加した。1915年初頭には地中海に派遣され、オスマン帝国の沿岸要塞への攻撃に参加している。その後カノーパスは1916年4月に退役、1918年には宿泊船に改造されたが1920年には解体された。

 

2番艦オーシャン

03_戦艦オーシャン
(画像はwikipediaより転載)

 

 オーシャンは1900年2月に就役すると地中海艦隊に配属。1901年1月には中国基地に配属された後、1905年に海峡艦隊に所属する。予備役に編入された後、1908年から1910年まで再度地中海艦隊に配属される。1910年からは本国艦隊に所属。第一次世界大戦が始まると東インド諸島基地に配属され船団護衛に活躍した。1914年にはエジプトに派遣されスエズ運河防衛に従事する。1915年3月にはオスマン帝国の要塞攻撃に参加するが機雷に触雷して沈没した。

 

3番艦ゴライアス

04_戦艦ゴライアス
(画像はwikipediaより転載)

 

 ゴライアスは1900年3月に就役するとそのまま中国基地に配属された。1903年地中海艦隊所属、1906年海峡艦隊所属、1907年本国艦隊に所属。数度地中海に派遣された後、1909年には予備役に編入される。第一次世界大戦が始まると現役に復帰し、船団護衛、上陸支援等に活躍したが、1915年5月にオスマン帝国の駆逐艦の攻撃により撃沈された。

 

4番艦グローリー

05_戦艦グローリー
(画像はwikipediaより転載)

 

 グローリーは1900年11月に就役、1901年から1905年まで中国基地に配属された。1905年後半にはイギリスに戻り海峡艦隊、本国艦隊に所属する。1907年の階層の後、地中海艦隊に所属、1909年4月予備役に編入。1914年に第一次世界大戦が始まると現役に復帰した。

 第一次世界大戦では北米、西インド諸島の基地に配属され艦隊旗艦を務めた。1915年6月には再び地中海艦隊に所属、各種戦闘、支援業務に参加する。1919年退役。1920年に名称をクレセントに変更され、1922年に解体された。

 

5番艦アルビオン

06_戦艦アルビオン
(画像はwikipediaより転載)

 

 アルビオンはテムズ鉄工所で1896年6月に進水するが、この時にアルビオンが起こした波により34人が死亡する事故が発生する。アルビオンはカノーパス級の戦艦の中で最も初期に起工した艦の一つであったが、機械の納入の遅れ、さらには装備機器の欠陥のために竣工は1902年と遅れてしまった。

 1901年6月に竣工するとそのまま香港に派遣され中国基地の旗艦となった。しばらくは中国基地で活動を続けたが、1905年日英同盟の締結により本国に帰還。海峡艦隊に所属するが、戦艦ダンカンと衝突事故を起こすが、幸い損害はなかった。。1906年4月にはオーバーホールを受ける。1907年にはポーツマスの本国艦隊に所属する。

 第一次世界大戦が始まるとアルビオンは各種作戦に参加、1915年にはオスマン帝国の海岸砲台の砲撃により損傷、マルタ島で修理を受ける。その後も船団護衛等に活躍した。1918年10月退役、1919年8月宿泊艦となり、1920年1月に解体された。

 

6番艦ヴェンジャンス

07_戦艦ヴェンジャンス
(画像はwikipediaより転載)

 

 1902年4月に就役すると中国基地に配備される。日英同盟の締結により日本の脅威がなくなるとヨーロッパに戻る。1905年より改装を受ける。1906年より1908年まで海峡艦隊に所属。その後本国艦隊に異動、練習艦として活躍する。第一次世界大戦が勃発するとヴェンジャンスは海峡艦隊に所属し上陸支援等に活躍する。第一線での任務は少なく、主に警備官、支援艦として活躍する。1915年1月オスマン帝国の要塞攻撃に参加、その後も各種支援攻撃に参加する。1915年7月機関不具合のため一時退役、修理が行われた後、1915年より再び各種支援戦闘を行う。1917年2月退役、1922年スクラップとして解体された。

 

まとめ

 

 カノーパス級戦艦は日清戦争で勝利した日本に対する警戒から建造された対日戦艦といえるものであった。そのため日本へ売却した敷島級戦艦の特性を設計に反映していた。しかし日英同盟の締結によりその任を解かれ、第一次世界大戦では二線級の戦艦として各種活動に従事した。逆に考えれば条約一つが戦艦6隻分以上の効力を発揮したといえる。

 

関連リンク

前級マジェスティック級戦艦

 

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