01_KingCobra
(画像はwikipediaより転載)

 

ベル P-63 キングコブラ

 

 

性能(P-63A)

全幅 11.68m
全長 9.96m
全高 3.84m
自重 2,892kg
最大速度 660km/h(高度7,620m)
上昇力 13m/秒
上昇限度 13,106m
エンジン出力 1,325馬力(アリソンV1710-93)
航続距離 724km(増槽装備時)
乗員 1名
武装 37mm機関砲1門(M4機関砲は携行弾数30発、M10は58発)、    12.7mm機銃4丁(機首に2挺、翼下に2挺)
爆装 500ポンド(227kg)爆弾4発
初飛行 1942年12月7日
総生産数 3,305機
設計・開発 ベル社

 

概要

 P-39エアラコブラは機首に強力な37mm砲を装備するという意欲作であったものの高高度性能が低く凡庸な機体となってしまった。このP-39に二段過給機付きエンジンであるアリソンV1710-47(1,325馬力)を導入して高性能化を図ったのがXP-63キングコブラである。1942年12月7日に初飛行に成功。P-39に比べて性能は向上したものの航続距離でP-39の半分以下の724kmと極端に短くなってしまった。しかし量産化は決定、最初の量産型であるP-63A以降、多くのバリエーションがある。

 

P-63A

 最初の量産型であるP63Aは、エンジンをアリソンV1710-93(1,325馬力)に変更、ア943年4月26日に初飛行を行った結果、最高速度は678km/hで武装は機首に37mm砲を装備、12.7mm機銃4挺であった。1943年10月より生産開始、P63A型は1,725機が生産されたものの、他社のP-47サンダーボルトP-51マスタングと比べると低速で上昇力も低かったため米陸軍機としてはほとんど実戦には使用されなかったが、レンドリース法によってほとんどの機体がソビエト連邦に供与された。

 

P63B

 エンジンの高性能化を目論んでロールスロイス・マーリンエンジンの搭載を計画したもののエンジンの入手が困難なためキャンセルされた。計画のみである。

 

P63C

 アリソンV1710-117(1,355馬力)エンジンを搭載した型でこのエンジンは水メタノール噴射式でこれにより1,800馬力を発揮することが出来た。P63Aに比べて翼幅は250mm縮小、装甲は増加された。総生産数は1,227機でこれも多くがソ連に送られた。戦後、このP63Cの内2機がL39として後退翼のテスト機として後退翼に改造された。1946年4月23日初飛行している。

 

P63D

 これはアリソンV1710-109(1,425馬力)を装備した機体で翼幅が250mm延長されて11.94m、P63は車のようなドアが特徴であったが、このドアが廃止され一般的な後方スライド式キャノピーに変更された。水滴型風防となり、最高速度703km/h(9,000m)。1機のみ試作された。

 

P63E

 アリソンV1710-109(1,425馬力)搭載。腹部にフィンを延長している。2,930機の大量発注を受けたが13機完成したところで第二次世界大戦が終結。残りはキャンセルされた。

 

P63F

 アリソンV1710-135エンジン搭載、垂直尾翼と方向舵が大型化された試作機で2機が製造されたのみである。1機は現存している。

 

RP63A/Cピンボール

 米陸軍が爆撃機の射手を訓練するための訓練機として改造した機体である。米陸軍はP63を戦闘機として実戦では運用しなかったが、主に訓練機として運用した。全面オレンジ色に塗装され、武装やオリジナルの装甲は全て撤去した上で風防は防弾ガラスとして外板をジェラルミン厚板で貼り直した。

 爆撃機射手の訓練生は訓練用の空気銃から鉛とベークライトで作られた弾丸を本機に向けて発射、命中するとスピナーのランプが点滅する構造になっていた。P63Aから100機がRP63Aに改造されたが、効果的だったようでさらに200機がP63Aから改造されている。この200機はRP63Cと命名された。1948年米空軍の誕生に伴って名称がRP63AがQF63A、RP63CはQF63Cに再指定された。この機体は海軍でも使用されている。

 

RP63Gピンボール

 それまでのピンボールが戦闘機からの改造であったのに対してこのRP63Gは標的機用に生産された機体である。32機が製造された。他の訓練機と同様に1948年に名称がQF63Gに再指定されている。

 

 

戦歴

 前述のように米軍では性能が不足していたため第一線で使用されることはなかったが、レンドリース法によって合計2,397機(または2,672機、2456機)がソ連に送られている。米国は対ドイツ戦に使用することを許可しなかったため対日戦用に極東に集中配備されたとされているが、これは表向きの話で実際には対ドイツ戦で運用されている。

 このP63は37mm砲装備でP47やP51に比べて低速であるということから、ソ連では主に対地攻撃機として使用されたという話があるが、実際には東部戦線のほとんどの空戦は高度15,000フィート(4,572m)以下で行われているため、主にP63は制空戦闘機として運用されている。

 さらにP63は自由フランス軍にも300機が引き渡されたものの第二次世界大戦には間に合わず、戦後に発生したインドシナ戦争で使用された。しかしスペアパーツの不足によりF8Fベアキャットに変更されている。P63を最後に運用したのはこのフランス軍で1951年9月6日がラストフライトであった。戦後はエアレースで使用されている。

 

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